感情を取り戻す

今年の課題のひとつは”感情を取り戻す”ということなのですが・・

4月に入り倉庫バイトを始めたおかげで毎朝郊外へ出かけることになり、雑草・野草・園芸用に育てている樹木や田畑を歩くようになりました。

その道すがらたくさん写真をとりましたが、調べたり整理したりする気力がありませんでした。
そんなところへ野草生活を提唱しているハーブ王子と多摩川を散策する機会がやって来ました。
南方熊楠展でも見た標本作り、そして人にとって有用かどうかという視点からの野草観察。
それらが契機となって写真の整理などに手をつけることができるようになりました。

多摩川の河原を散策していて私の心に浮かんだのは父や祖母のことでした。
イタドリ、クズ、ヨモギ、、彼らは新潟の山育ちでしたから、山の恵みで暮らして来ました。
このような植物に出会うと自身の思い出と共に私に話して聞かせてくれたのです。
祖母とは春野に住んでいた頃ヨモギやセリをよく摘みました。
このことを反芻してしまう自分がいて、観察会当日〜しばらくは外向きの言葉にすることができませんでした。

そして同時に自分自身の幼い頃の想い出が波のように押し寄せました。
タンポポの茎のペタッとしたけばけば、赤っぽい色、そして瑞々しさ。
小学校の頃に歌った歌は喜びに溢れ、一面の黄色の花と綿毛の光景が浮かびます。
何度も綿毛を吹き飛ばしました。

学校の花壇で花の絵を描くという時間に、なずなが主役の絵を描いたこと。
草だらけの空き地で毎日遊び、子供の頃は本当に目線が地面が近かったこと。

そんなことを思いながら、私の感情(まだ抑えるということを知らなかった頃の)はここに–雑草や野草と呼ばれる花の中にあるのだと思いました。
ですから、特に幼い頃の記憶に基づくインナーチャイルドを癒す場合にはエッセンスにもなっていないような、これらの小さな花が頼りになるのだろうと思いました。(私の場合)

家族との記憶は家の庭に咲いていた花が語ってくれます。
思えば、父も母も祖母も三人三様に植物や花が好きでした。
山吹も庭にあった花の一つでした。

山吹の講座が 心の蓋を開けることになったのかもしれません。
昨日帰り道に、よつばと!14巻を見つけました。
これは私にとってインナーチャイルドを癒してくれる漫画です。
私は彼女のように素直な子供ではありませんでしたが、だからこそ読んでいると何かがリリースされるようです。

ツボの違いからか、大して面白くないという友人もちらほらいます^^

今の私にとって重要なのはインナーチャイルド(父の不在・傷ついた父)と同時に大人になってからの父とのこじれた関係を修復し、その死を昇華することなのだろうと思います。
それにはまずはエルフカップライケンが必要だと思い、Doseボトルを作りました。