春を分ける

春分の頃、奥河内と和歌山を訪ねました。
その時に受け取ったメッセージは自然からの警鐘ともとれるような内容でした。

そんなことがあるだろうか?と疑うような内容でもあり、どうするべきかかなり悩みました。
その上で、縁のある人に読んでもらえる本というかたちを取りました。

想定していないことが起きるのであって、口にすれば叶わない ということがあります。
ですから、私が怖れることを明らかにする必要があると思いました。
和歌山の街についたとき、目に飛び込んで来たのは津波のマークと海抜が書かれた黄色いサインでした。
一週間後、小さな地震がありました。
これで済んだのだと安心したのですが、まだ済んでいないのかもしれません。

そんなこと、起こる訳が無いと憤慨してくださって結構です。
夢で見た不思議話と思って目を通していただければ、有り難いです。
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19年越しの問答

先週末から風をひきかけ、喉のイガイガが一進一退状態が続いている。
熱がでないため寝込むほどではないが、いつまでも治らない。
そこへ桜が咲き何かのアレルギーが始まった。
毎年桜の咲く頃、でも桜でないものに反応している。
よく聞くのは檜だけれど、それでもないようなのだ。
毎日ではなく、突発的に始まり一度始まると薬を飲まない限り収まらない。
そんな具合で一日中くしゃみして、鈍い頭痛でくすぶっている間に桜が満開に。

体調が悪いので読みかけてた本を一気に読み終えた。
その本の中身とは、端的に言うと「神とは宇宙から来た宇宙人だった」という内容のものだった。
「キリストは人間であり、マホメットとおなじようにメッセンジャー(予言者)だった」とも。
20年くらい前にもシュメール文明について書かれた本に古代文明とは宇宙人によって残されたものだと書かれていたのを覚えている。
このような話にも私は頷けてしまう。
今回の本では聖書を言葉通り読み、そのような結論に達していることが面白かった。
古代の人々が、例えば宇宙船を見たらどう言葉で表現するだろうか?
(その本の内容は同じ言葉が重複して語られていて、実際は1/5の頁で済む内容だというところにやや問題はある)
そして、19年前、Andrewが問いかけたあの質問への答えがわかった気がした。

Q「なぜ、見えない世界(comprehensiveできないもの)のことを、人は(それを説明するには不完全な)言葉で表現しようとするのか?」
その問いに今、私はこう答えたい。
A「それは、未来に起こるであろうことについて、後世に伝えなければならない必要があったから」
同じ様に、昨年の秋頃この問いに体する答えを思いついていた。
Q「なぜ、ストーンヘンジに使われている石はこんなに大きいのか?そしてなぜ柱の天井に石を横に渡してているのか?」
A「それは、これを作った人々は大きな人(プレアデス人)だったから」
「石を横に渡しているのは宇宙船の発着のために必要だったから」

そう答えて彼がなんと言うか聞いてみたい。
もうおじいさんになっているだろうAndrewの連絡先を調べないと。

大きくなあれ

IMG_4469明治神宮 北参道

明治神宮の敷地内で活動しているNPO法人響さんのトライアル(無料活動体験)に参加して来ました。
ハーバルコンシェルジュ そがわなおみ さんから今回のトライアルの情報を教えていただきました。

私が参加したのは緑化推進事業活動。
ドングリから苗木を育て、植樹し森を育てながら、イベント等で啓蒙活動もしているそうです。

まずは稲作事業の田んぼを見学。
今は田おこしの最中。
手作業で動力を使わず、水は神宮内の井戸水を使用し、堆肥を施す完全無農薬。
特に今年は昨年収穫した稲穂の種籾から苗を各自育てるところから挑戦の予定。
お田植え祭、風祭、稲刈り、注連縄作りまで。
田んぼは約90平米、7〜8Kgの収穫があるそうです。

いよいよ希望していたドングリの苗木の育苗場へ。
今日の作業は2年生の苗木(20cm~30cm)の樹種を特定し、それぞれの木ごとに選り分ける作業をしました。
3年くらい経って30cmくらいに育つと植樹できるのだそうです。
1ポットに1本。複数芽が育ってしまった場合は間引きします。
木が若いから余計だと思うのですが、草花に比べ個体差が大きくて鋸歯の無いものもあり、形から見分けるのは難しかったです。
せっかく教えていただいたので、忘れない様に記録。

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これはアラカシ。葉先はギザギザの鋸歯で葉の裏は白。 ブナ科コナラ属の常緑広葉樹。
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同じ様に葉の裏が白くて葉がもっとほっそりしたものがシラガシ。こちらはレアでしたので写真なし。

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こちらはアカガシ。葉の裏は緑。
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スダジイ。葉の裏が銅色に光って見える。葉のつき方はアラカシとは違い互生している。ブナ科シイ属。
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ドングリのベッド。
もちろん育苗場の脇に生えている大きな木々から落ちたドングリを拾い、土もその根元に積もった落ち葉の腐葉土を使って育てています。

余談ですが、イギリスの民間伝承にある”グリーンマン”はよくオークの木の葉が口から出ている姿でイメージ化されていますが、本来は落葉樹のオークではなく、常緑樹のカシの木の意識体なのだと聞いたことがあります。

もうひとつ、田んぼへの移動中に拝殿前通りました。両側に立つご神木のクスノキを見ると、改めてこのクスノキの丸い樹形は特別なのだと思いました。周りにストレスを与える他の植物が無いとああ育つのでしょうか。もちろん剪定もしてるのだろうけど。

すべてお膳立てしてもらって植樹に行くだけではなんだか片手落ちのような気がしていました。
なので植樹祭の前に苗木の生育現場の様子がわかり、とても勉強になりました。
1年に10cmほどの成長をじっと見守り続けている人たちの慈しみ、まなざしもこの苗木を育てているのです。
私にできるのはまたすこし違う方面からのサポートになると思いますが、土や木と触れる体験も時々させていただけたら有り難いなと思います。

ほんの1時間半くらいしか作業してなくてもっと働けそうな気がしたけれど、運動不足が祟って時間が経つにつれあちこちに疲労感が追いかけてきました。。。

フルムーン・クライシス

しばらく穏便に過ごせていたのに、久しぶりでフルムーン・クライシス。
健康検診を満月期に受けるべきではなかったし、ここ3日調子が悪い。

よつばと!13巻、年末に買っていたのに今まで読まずに本棚に置いてあった。
唯一今でも買って読んでいる紙本の漫画だ。
いつものように声に出して笑っていたのだけど、ある部分でじわじわと涙が浮かんできてしまった。
決して深刻な話じゃないのでなぜ泣いてしまったのか意味がわからない。
きっと自覚していない子どもの頃の記憶にリンクしてしまったのだろうと思う。
深追いはしないけど、いつも読んで笑うだけでも癒されている。

私には、読むと笑えてストレス解消、時にはインナーチャイルドを癒すことにもなっているのではと思える「よつばと!」だけど、
電車で笑いをこらえられないくらいツボに入る人と「だから何?」と感じる人にくっきり分かれるようだ。
まわりの人にはおおむね不評です。

伊勢二〇一六

初詣でいただいてきたお札を神棚におさめようとしたら、神宮大麻が無かった。
今年は伊勢にお参りするつもりだからそのままにしておこうと思ったのに、他のお札と一緒に古札返納してしまったのだ。
三連休の初日、良いお天気だしこれから行ってしまおうか?
翌日日帰りすることに決めた。
往復の新幹線と行きの近鉄特急の予約を済ませた。
とは言え、日帰りで三社をめぐるのは時間的にも厳しいので、正式参拝は考えず列車の時刻と乗換を入念に調べた。

伊雑宮へ最初にゆくことにし、外宮、内宮と参拝することにした。
夜ほとんど眠れずに夜明け前に家を出た。
新幹線が東京駅を出ると昇りたての朝日を見ることができた。
他にも、前回行けなかった所に-月夜見宮や猿田彦神社、二見浦に英虞湾と行きたい所はたくさんあってどこに行こうかと欲が出たが、伊雑宮に着いた頃には大事なことだけ出来れば良いと気持ちも落ち着いた。

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伊雑宮

この季節にこの陽気で凍えずに参拝できるとは有り難い。
そうでもなければ日帰りしようとは思えなかった。
御朱印をいただいたら神職の方が日付を間違えてしまわれた。
一日前の一月九日。
来ることを決めた日だったから、意味があるのかもしれない。

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お宮の境内にはたくさんの大木と草木が茂り、午後ともなればその蔭が濃く薄暗くなる。
だから、早い時間に来てみたかったのだ。

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御神田から見た宮の森 風が止むことなく吹いて木々の梢をゆらしていた
田んぼからの風を受けて絵を描く間そこで過ごした。

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磯部の御神田

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上之郷駅で電車を待つ 近鉄志摩線各駅停車は30分に一本、二両編成。

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伊勢市駅から外宮へ向かう 

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外宮 御正殿

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外宮 古殿地

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多賀宮

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下御井神社、土宮、風宮と参拝

バスに並び、参拝するために並び、御朱印やお札を求め並ぶ時に”待つ”ことが必要だった。
そして宇治橋での出来事。

五十鈴川で手を清めた後、川沿いの人の少ない参道を歩きしばらく気を静めた。
滝祭神、風日祈宮と参拝。

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内宮 正宮

ここでも、大きな風が吹いた。
ちょうど御垣内参拝をされていた方が呼んだ風のようだった。
右の方で参拝をすると古殿地の東を大きく巻いて荒祭宮へ進んだ。すると、御正殿や宝殿の屋根がよく見えた。

予定している列車に乗るには天照皇大神宮のお札も御朱印もあきらめて帰ろうかと思った。
そう思う程一番の”待ち”がそこにあった。
しかし、それでは本末転倒もいいところだ。

なんとか思いとどまって、大事はすべて果たした。
前回気づけなかった下御井神社と滝祭神に参拝ができた。どちらも水の神様。
変更が必要かと危ぶまれた帰りの新幹線にも間に合い、無事に家に着いた。
今回の伊勢参拝の旅はまるでintensive courseでした。

初詣二〇一六

本日初詣、家の近くの氷川鍬神社と大宮氷川神社に参拝しました。
恒例のお神籤、一気に昇りました。感謝。
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右が舞殿、左が楼門。

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いつも思うんですが、背高の楠が舞殿を取り囲む様に生えていて、画角に収まらないのです。
素晴らしい大木です。

Year Angel for 2016

私も皆にならってイヤー・エンジェルを迎え入れました。

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Education

新しい年に私を迎え入れたあなたへ祝福を贈ります。
どうか、私とともに深い学びを受け入れてください。
あなたがこれから学ぶことは、宇宙の意志とともに生きることです。
そして、あなたの人生の目的を明らかにしてゆくのです。
あなたのおもう以上に宇宙は深く叡智を湛えています。
その叡智を学のです。

今年はFindhorn Flower Essenceとの再会があり、そして皆さんとご縁をいただいて、
一年前には想像もしていなかった展開に。
ほんとうに、ありがとうございました。
そして来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

水とシリウス

最近目に付く映画「美しき緑の星」、上映会には参加できなかったけれど気になったのでネット経由で観てみた。
1996年というと、90年代初頭から始まったニューエイジ・ブームのただ中だった。
当時私も熱心に色々な本を読んでいたけれど、この映画のことは聞いたことがなかった。

当時インターネットは一般家庭にまでは普及していなかったし、テレビはブラウン管、携帯電話も然り。
滞在していたコミュニティやカレッジではテレビなしの生活をしていたし、この映画の中の星の世界が想像できないでも無かった。
私自身、東京に戻って仕事につくまで、携帯電話なんて一生持たずに暮らそうと思っていたくらいだから。
ちょうどあれから二十年が経ち、その間テクノロジーにどっぷり浸かって来た私が今この映画を観て最初に思うことは、これが今想像し得る最善の未来の姿だろうか?という疑問だった。

未来を描いたたくさんの映画やドラマでは、ほとんどが戦争によって荒廃しスラム化した都市世界か、ITや科学が進歩し続けたピカピカした無機質な情報世界、あるいは、太古に立ち帰り自然と共に暮らす世界のどれかに当てはまる。
前者のふたつはこのままの世界が突き進んだ時のオプションであり、この二つの要素が混在した未来は使い古されたコンセプトだ。
大別すれば二つと言えるだろう。

そして、ISが見せる悪夢は前者の姿のイントロダクションのようだ。
大地とともに文明が洗い流されるような淘汰が起きない限り、後者のような道へ転換することは難しそうにも思える。
ならば私はどんな未来を創造できるだろうか?

などとぐじゃぐじゃ考えながら、一日の終わりに得たヒントは”シリウス”だった。
少し前から、瞑想に”水”というキーワードが現れていた。
そして、シリウスでのことを思い出すには泳ぐこと、水に浮かぶことらしい。
映画の中でも交信するのに水を必要としていた。
水 コミュニケーション 愛 
私には水が足りないと常々思っていた。
状況的に難しいのでWATERのエッセンスを摂ってみた。

少し遡るけれど、秋口に入った頃再放送でこの番組を観た。
私自身は水からかなり遠ざかった生活をしているのだけれど、鯨には以前から関心があった。
そして休日にみたこの映像に引き込まれた。
こんな凄い人がいるのかと。そしてあの鯨の目。

二木あいさんのサイト

違和感

違和感を感じることには必ず何かが潜んでいて、後でそれがサインだったと気づくのだ。
やり過ごさずに観察する必要があると注意を払うようにしている。

最大の違和感とは、神話に出てくる神さまの名前が日本語とは思えないこと。
古語だから今の日本語とほど遠いのはわかるけれど、それにしてもほど遠いものを感じる。

もちろん、今では日本が単一民族国家だということは幻想だったとわかっているし、そのためだろうと思う。

after going through the uncomfortable time

昨年末の講演会で組織の在り方について経営者が一番最初にしなければならないことは”ヴィジョン”を明らかにすることだと星野氏は言った。
組織を作るつもりは無いけれど、自分自身を鼓舞させ納得させるだけのヴィジョンを明確にすることと置き換えた時、私にとってこれが難題だった。

ヴィジョンは考えたものの、実際の仕事とどう結びつけて良いのか、、
取りあえず”できそうな事”から手をつけ試しにやってみるということをやって来て、もうすぐ一年が経とうとしている。
そしてここ数ヶ月、その手も止まっていた。

喫茶店を始めるならば、どんな店を作るのかを決めさえすればやるべき事は大体決まっている。準備をしながら資金を作るだけだ。
まずはこれらを決めることが必要だ。
・どんな喫茶店を作りたいのか 何を誰に提供するのか=コンセプト
・生計をたてる=お金をどう生み出すのか?

お金を得る手段として一番手っ取り早いのが物を売る事であり、そして商品は自分が納得できるものでなければならなかった。
だから一杯のお茶と場を提供したいと考えたのだが、
喫茶店に思いを馳せるとそれは癒しと心地よさの追求であり、”私の今までの経験が役に立ち、出来そうな事”が全てだった。
心地よさへの拘りはキリが無く、追い求めるほどegoを拡大させているように思えてしまう。
けれども提供したいものがある種の癒しであることは確かだ。

心地よさは慰めにはなっても一過性のもので終わってしまう。
本当の癒しとは自身で気づき、こんこんと涌き出す水のように内から滲み出してくるものだ。
自分を癒すには自信を持つより他になく、自信はみずからの努力によってしか生まれない。
そして自分に由り癒すことができるなら、その人は変容し”自由”になれるのではないだろうか。
それが長い旅の後で私に降りた気づきだった。

過去を振り返って自分が今までしてきたことをすべて書き出して、それらを総動員して新しい仕事を作り出す事ができるとソーシャルキャリアカウンセラーのベリンダは教えてくれた。
そのことを一昨年あたりからずっと自問し続けた結果、色んな要素を盛り込んだ喫茶店という場を作ることだと一度は思ったのだけれど、具体的に考えてゆくほど近視眼になり、最初に決めた筈のヴィジョンをすっかり忘れていたのだ。

「旅する魂を応援する」
それが Journey on のヴィジョン。
私の”おせっかい”という質そのものを(抑えたり洗練することは必要だけど)仕事にしたいと思う。
甘いお菓子ではなく救急箱の絆創膏に、あるいは変容を求めて旅をする人の足に痛い小石でありたい。
基本は喫茶店だが、もうしばらくはチャレンジしたことのない未知の分野の要素にも自分をオープンにしておきたい。

停滞感から脱したと感じるのは、こんな映画を観たからだった。
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メモ
クロップサークル 同じ事を思っていた
フリーエネルギーの実現は世界を成長させる
ARK NOVA のドームもトーラスだった
世界経済のカラクリ 
合気道 相手の力を自分の力に変える