金と銀の

初めてシェアされた投稿でその金と銀の曼荼羅を見た時、夜遅くだったか朝目覚めたばかりだったかで意識がぼんやりしていたのですが、今まで見た曼荼羅とは違うと感じました。
絵が動き出すようなゆらぎのようなものを感じました。

私がUnknown Soundを描く時、より精妙な領域ーーあるいは遠くからの響きは実線ではなく点になることがわかっていました。
この曼荼羅に書かれる点はその領域からの響を漏らさず、一点の淀みもなく写されているのだと兼ねてから感じていました。

再びタイムラインにその投稿が流れてきて、ああそうだ、きちんとフィードバックしようと思って短いコメントを書きました。
少しでも多くの人に、とその曼荼羅を書いたMiyuki Iwakiriさんが、そしてその絵を持って旅した吉田正子さんがシェアしてくれたのだと言うことにハッとして、私もシェアさせてもらったのでした。

Miyuki Iwakiri   
https://www.facebook.com/Miyuki-Iwakiri-1973478666242839/
点描による曼荼羅、エネルギーアートにぜひ触れて見てください。

旅するエッセンスカフェ
フラワーエッセンスを携えて、各地へ旅をされています。
「玉響の調律」と言うよりエネルギーワークに近いセッションをぜひ体験して見てください。私の体験記はこちら

ここ一週間、迷っていることがありその真意を内に探っていました。
周りに流れる情報とは逆流するような思いでした。
一時の気の迷いなのか、信頼すべき直観なのか。
そこに別の流れも見えてきて。

慌てて行動する前にーー『最善最良の選択ができますように』と書き添えられていた曼荼羅を思い出し改めて見ていると、Unknown Soundが流れてきました。
顔面から入ってくるものを感じ半眼に、第3チャクラから第6チャクラ、右足、と様々な所で調整が起きていきます。
音はどんどん高くなり、高みへ登りつめるとある時点でストンと落ちてグラウンディングをはじめました。
ゆっくりと浸透してゆくように降りてくると、その後に音を失いましたが、音にならない空気を発していました。

声の出る限界を超えたわけですが、密度は下降することで増してゆき続けるのではなく、どこかのポイントからその密度を失うのだと感じました。
そして下降と思っているけれど、実は内へ向かっているのです。
これは私にとって新しい気づきでした。
潜在意識の領域と言っても良いし、深海の神秘、あるいは地球の内部に対流する溶岩と言っても良いかもしれません。
再び形を失うのです。

人にとって聞き分けられる音の周波数ーー音域、目に見える可視光線の領域、物質であることができる周波数はあくまでも全体の一部であり、中間にあるのだと言うことを再認識しました。
直線的思考とは、私の認識できる範囲の部分を切り取ったものなのだと感覚的に腑に落ちた体験でした。
以上は今の時点で私個人が点描曼荼羅から感じたことです。
対面する人によって、またそのたびにきっと違うものを感じるだろうと思います。

ところで、一昨日と昨日はやや疲れが溜まっている感もあり、北海道のことも気がかりで別のエッセンスを摂りました。
選んだのは PHI デルフ でした。
昨夜眠る前のUnknown Sound では、良い兆しを感じました。
まだまだ余震もあり傷ついた方や大変な想いをしてらっしゃる方がいらっしゃるとは思いますが、それでも電気の復旧は思った以上に早く、目にするニュースや道内の人々の発信はポジティブなもので、投稿された星空を見て泣きたくなりました。

そのことと、金と銀の点描曼荼羅が再び重なります。
『金のしずく降る降るまわりに、銀のしずくふるふるまわりに』
北海道は私にとって北極星のような場所。
そして昨年の今頃、ニセコで過ごしたことが思い出されました。

あれから一年が経ちました。
あの時私に必要だった内なるNeutralityーーそして一杯のコーヒーを飲む時間を経て。
そしてここからの私の選択は?

奇しくも重陽の節句。
神楽エッセンス 菊理媛命 と Journey on を摂りました。
身体と魂を、内なる女性性と男性性をククリ直します。

新月の今朝、新たな学びへのinvitation。


自碁呂島兆

3連休の二日目、Journey on の活動 — Unknown Tea Roomで何をしようか、Shop Journey on for JOYの今後をどうするべきか、考えていました。
もちろん、散々考えたのですがあまり良いとは思えず決めきれない感じでした。

迷う時は大抵シャワーを浴びて部屋を片付けることに。
(やる気になるまでは散らかし放題だったりします)
今日は援軍も必要だとアラスカンのCalling All Angelsをまずスプレーして取り掛かりました。

なかなか火がつかず、途中で読書に耽ったり。
でもまあ、なんとか夕方には体裁は整いました。

片付けの途中で今年の正月に引いたおみくじが出てきました。
毎年 武蔵一宮 氷川大社で引くのが自分の中での決めごとになりつつあります。

第六番 自碁呂島兆(おのころじまのうらかた)
これは総て目上の人に従い、教えをうけて事をなせば遂げずと言うことなし。
進んで物事をなすによろし。
しかし万事相談が大切、魚と水との如くなるべし。
此のみくじにあう人は氷川の大神を信心すべし。

読み直してハッとしました。
「魚と水との如く」
「私は水の中で生きる それが自然だから」
私は流れの中で魚になれば良いのだと。
ならば目上の人とは水、あるいは水(命)の流れそのものだろうと思えました。
もしくは目に見えない領域のガイド的存在、ハイアーセルフ、意識体、内在神。

Unknown Soundを歌い、絵を描き、、日本語で受け取ろうとすると眠りに落ちました。

目が覚めて、このみくじを引いた当時見つけた二つのサイトを訪れ、自碁呂島についての頁を読み直しました。

ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源

なんども古事記を読むことに挑戦してきて、いつも不思議に感じていたのは、神々の名前が外国語のようだと言うことでした。
当て字である漢字が余計に混乱を招いているのだと思いますが、なんど読み返してもその意訳はこじつけであるかのような違和感がありました。
その違和感が晴れたのが、ポリネシア語で解かれた音と意味を読んだ時でした。

古事記の秘密とはあめつちの言霊学

書いた絵のうちの一枚はおのころじまの事を表していると思えました。
中央に二つの細い螺旋があり、柱のようにも見えます。
その両脇と柱の中には神霊のような存在。
それを取り囲むように点線の勾玉のようなもので円が描かれています。

後の言霊学のサイトの考えによれば、国産みとは言葉をうむ事であったと捉えられます。
母音と半母音(先天性のもの)に舌(後天性のもの)が加わってかき回す事で意識の土台となる言葉ができた、と言う事のようです。
「思う」(日本語的土台)と「考える」(西洋の言葉的土台)の違いについても言及しています。
これは英語圏に住んだことのある人なら誰でも肌で感じる違いです。

おのころじまに天の御柱を見立て(天に繋がる柱を自ら立て)、そこで統合しことを成す。

それを学ぶのだと感じました。
短絡的な思考に陥ると、「何かしなければならない」と考えてしまいますが、そういうことではないのだ、と。
それは私のもっとも嫌うことでもありました。
新聞の頁数やニュースに割かれる時間は毎日決まっていて、そのような条件を埋めるために努力しているなどということは本末転倒だと思うのです。

あるいは、制限の中でできる限りの努力をするのがこの世的テーマだと言う人もいるかもしれませんが、私はもうそれは古いのだと感じています。

たとえ生活の多くの場面でそうしなければならなかったとしても、この時と場は誰に遠慮することもない私の産屋なのです。
このみくじに使われている漢字が淤能碁呂島ではなく自碁呂島とされているのも偶然ではないのかもしれません。







満月の夜に

満月になった時、インテンションを明確にするためアファメーションを唱えるとヒーリングソングを歌いました。
ややマイナー調のメロディ、古傷を手放す(痛いの痛いの飛んでけ〜的な)そんな感じです。

カードも引いてみました。

今日の満月のメッセージとして1枚
19 Fire 火
『火のエネルギーの中に全面的に踏み込むことは、灰から蘇る不死鳥のごとき完全なる変容を意味します』
正位置『厳しく辛くなってきたものを炎の中に全部ほうり込んでください。全てを火に与えて急速に変容させましょう。あなたの人生に火をつけるのです』

昨年ブッシュフラワーエッセンスのGAIAエッセンスの講座の中でエレメントにアチューンメントする儀式の中で、実際に色々な気がかりを紙に書いて火で燃やすと言うものがありました。
まさしく、ここに書いてある通りのことでした。

一昨日は大曲の花火中継を見ていました。
そういえば線香花火、まだ残っています。

ここ数ヶ月ーー昨日も火星が赤く輝いていました。

魚座の満月なのに、火のエレメントなんだなと。
もう戻れないとか切り離しの最終段階などと聞いていますが、古い身体ーー意識も最後は全てを焼いて灰にするんですね。

31日のUnknown Tea Room にフォーカスして1枚
17 Earth 大地
『形ある世界は精霊からの贈り物だから、敬意を持って扱わなければならない』
この言葉から真っ先にフラワーエッセンスのこと思い浮かべましたが、大地・自然は私たちのもの(所有物)ではないと言うことも改めて感じます。

正位置『世界への共感に満ちた敬虔な奉仕に専念すれば多くのことが達成できます。誠実さと感謝の念と謙虚さを持って行動するなら、あなた自身も想像以上の繁栄を手にするでしょう』
     
そしてアドヴァイスとして1枚
29 Journey 旅路
『旅路は休日ではありません。むしろ隠者のようになって、未知の世界へ巡礼の旅に出るようにと誘っています。あなたが探求していく領域は地図がなく、目印も道路標識も無いのです』

正位置『今のように適切な時期なら、たとえ進む方角に自信が持てなくても正確に導かれます。とにかく出発することが肝心です』

解説を読みながら、ふと目に止まった文章がありました。
それは”メディスンホイールに隠された宝物”という4枚引きのカードです。

『あなたの夢見る世界を新しく誕生させる必要がなるなら、隠された資源を、深く埋もれた宝物を発見しなければなりませんー中略ーあなたの状況に密かに影響している力を明るみに出し、気づいていないような事柄を教えてくれるでしょう』

このスプレッドで引いてみたくなりました。
もう一度アファメーションによるインテンションを明確にし、シャッフルします。

1南 手放すべきもの もはやこの古傷によって自分を定義づける必要は無い

2 西 死ぬべき部分 古いストーリーを手放し新しいストーリーを見つける

3 北 獲得すべき叡智 メディスン

4 東 起こりうる運命 宝物と才能を他者と分かち合っていく方法

1と2が似ていますが、1は感情レベルの執着、2は凝り固まった価値観やマインドと感じます。

そして引いたのがこのカード

まとめるときに飛び出したのが真ん中に置いたカードです。
全部逆位置、内2枚は先ほどと同じカードです。
キーワードを拾い出してから、改めて一枚一枚から直観によるメッセージを受け取って見ました。

21 the Gather 集めるもの
  Joy, joy, you receive all you need

南 Earth 大地 逆 渇望感 不安
  Trust the Earth

西 the Staff 杖 逆 2極化 方向を定める
Bring you to the water 捨てるものはdirection
Coming Home Essences オオカワジシャのカードを引いた時のメッセージと重なる
  水とは生命の流れ、生命の源 ”川の中には向こう岸へ渡るための道が無いーー方向の喪失” “私は水の中で生きる、それが自然だから”

北 the Brade 剣 逆 一旦剣をおさめ、落ち着いてからコードを切り自分を解放する
I will show you the power of 十束剣
  イラストから受けた印象は、剣と言うより鉾。
  雅楽・舞楽の舞台では必ずはじめに鉾舞ををし、地を鎮めます。
  お相撲の弓取りと所作が似ています。

東 the Journey 旅路 逆 目的地を知ることへの執着 内面の旅・変容の旅
  あなたの心の変容はまだ始まったばかり

 

八月の花

8月の花は『しなやかにゆれる紅紫色の風 山萩』そして芙蓉でした。

典子先生は季節の花が折々に咲く宮城野に育ち、そしてとりわけこの萩のゆれる風景が幼い頃の記憶の中にあると話してくれました。

私たちの記憶をたどる時、喜びや悲しみの風景の傍にいつも花が咲いています。
その花々は長い時間をかけてその地に根付き、子孫を増やし、命を繋いで来た存在です。
日本に生きる花々はこの地に生きるすべを知っているのです。

この半年、エッセンスを摂りながら確信したことがあります。
自然に刻まれる時とは、宇宙の時の映し鏡であるということです。
地球に降り注ぐ日の光と星の輝きーー宇宙からのエネルギーを植物は知り、その響きの中で使命を持って花を咲かせているのです。

今年は明らかに季節が早くーー加速して巡っていることに私たちは気づいています。
その原因は物理的原因(温暖化を引き起こしているもの)と考えていますが、異常気象も含め上記のように考えるなら、宇宙の時間は加速し次元の隔たりを自由に行き来できるようになりつつあるーーこれまでの長く続いた轍から外れ始めているのではないかと思うのです。
あるいは過去>現在>未来と一方向だと思われていた時間の概念は古いものであったことを多くの人が感じ始めているから、と言い換えることができるかもしれません。
人もまた自然の一部であり、宇宙の全てを包含する一片だからです。
過去からの轍をなぞっていたのがこれまでの人の意識だとするならば、そのの引力が消えかかっているのが今かもしれません。

打ち上げ花火の中で好きなものがあるのですが、その一つがーー火花の一つ一つがランダムにクニュクニュとユニークに散るものです。
その動きは晴れた日に青空に見えるプラーナにも似ています。
生命とはその光の粒の一つ一つのようなものなのかもしれません。
ちょっと話がそれましたが、植物は大地に根をおろしながら宇宙と呼応して生きていることを私たちに見せてくれているのだと感じます。

また、フラワーエッセンスは自然療法として知られていますが、より量子的、多次元的な波動療法です。
粒子化された情報は観察者(ハイアーセルフ)の意図によってその期待される結果(着地点)が変わるのではないだろうか。
私個人はフラワーエッセンスについてそんなことを感じています。

講座に視点を戻します。

知識を入れる前にプルーヴィングを行います。
その人が花と対面した時にーエッセンスを摂った時に感じたことをシェアします。
それは植物とその人とのアルケミーが起こる瞬間です。
逆説的ですが、その人の肉体的資質、ファカルティ、精神状態、霊的使命を通じてしかエッセンスを受け取れませんから、自分が感じ得なかった”エッセンス”を他の人のシェアからは学ぶことができ、そのエッセンスの全体像をおぼろげながら浮かび上がらせることができます。

講座では日本の文化・歴史の中でどのようにその植物が受け取られてきたか、人が植物の本質を知らず識らずのうちに感じ取りその恵みを享受し、そしてどう表現してきたかという知識に触れることができます。
知識もその植物について、あるいはフラワーエッセンスについて大きな視点を得る助けになります。

そしてトリートメントボトル作り。
これはエッセンス初心者の方にはややハードルが高いかもしれません。
本来はこのことだけについて取り上げても連続講座を開けます。
ペンデュラムの使い方で講座もできてしまいます。
自分にあったエッセンスを選ぶこと、コンビネーションエッセンスの組み立て方、エッセンスの調和について、セルフケアについて、家族のケアについて、経過観察について、そのようなこと全てがプラクティショナーのトレーニングコースや長い間の経験を通じて得られる知識であるからです。
あるいは個人の資質、その意図、癒しや治療についての考え方によってもアプローチが違ってきます。

自分で作るトリートメントボトルは典子先生が用意してくれた美しいギフトーーセルフケアへの入り口だと思っていただけたらと思います。
もし疑問や難しさに対面したら、必要なサポートを受けてください。

抱えている問題についてプロの見立てでエッセンスを選んでもらうには個人セッションがあります。
安心できるプライベートな空間でーーカウンセリングを通して自分では気づけない大きな視点からアドヴァイスを受けることができますし、世界中のエッセンスから選択肢は無限です。

エッセンスについて学びたい場合はーーその人に合わせて教えてくれるセルフケア講座も立川のサロンでは受けることができます。
ワークショップでは個人の疑問や要望にすべて応えることはできませんし、自己流でコンビネーションして使ってみても効果を感じられないで終わる場合もあります。
そんな時はご自身のペースで個人教授を受けてみるのもお薦めです。

浅野典子先生のサロンはこちらです https://ameblo.jp/tokyotachikawahom/entry-12343441707.html

日本のフラワーエッセンス、ファー・イースト・フラワーエッセンス への扉を開くーー12の花ごよみの講座は毎月開催されています。
神楽坂、そして高津でも。

神楽坂での開催については
facebook Journey on  イベントぺージをご覧ください。

神楽坂の特徴は・・古民家のリラックスした雰囲気の中でエッセンスに触れていただけます。
そして日本のいくつかのブランドのエッセンスのお試しも(要予約)できます。

P.S.
この日はボトルを私も作らせてもらいました。
今摂っているレンゲショウマと併用しても良いものという設定で。
パシフィック Blue Bell
アラスカン Blue Poppy

左手でサーチして掴むスタイル^^
ラベルを見てカナダやアメリカで拡がるの山火事のことを思い出しました。
広い範囲の森が焼け、人々の暮らしにも影響が出ています。
山萩は山火事の熱で地中に眠っていた堅い殻を割り芽を出します。
焼き払われた野に最初に芽を出すーーそれは世界もへの奉仕だと講座の中で教えられました。

日本では山火事の印象は薄いのですが、山焼きや野焼きが行われていたりします。
炎によって芽生える使命、そして長い間秘められた情熱。

自分にはこの情熱が足りないと感じてもいますが、山萩も芙蓉も女性性のキーワードに少し気後れします。
反対のものを統合するエナジー。
青と赤
人の中に流れる血
山萩のマゼンタ(紫)は赤と青の統合の色
臓器で言うなら心臓 
『心臓は内なる支えを与える』体と意識を繋ぐ四つの臓器 ヴァルター・ホルツアッペル著 
 上橋菜穂子さんの 鹿の王 (萩の反対のものとしての鹿)
 最近読んでいる2冊の本です。 

Blue Poppy は 大いなるものへの奉仕。
Blue Bellは はのど、肺経、腎経 古い束縛、バカにされる恐怖の解放。

まずはこの2本を摂って青から赤へ・・山萩&芙蓉を摂ろうと思います。

Heart Family

レンゲショウマの開花を知らせるポストを見るにつけ、今年はこの花で作りたいという気持ちが頭をもたげ始めました。

夏至の翌日に想定外の運びでエッセンスが出来て、エッセンスが生まれるとはこういうものなのかと思ったと同時に、自ら作ろうとする意図など大した意味はないのだと感じました。
けれども、次々花からのサインを感じながらもレンゲショウマが頭から離れません。
最終的にはーー前回のことを踏まえつつどんな風に出来るかを見えない世界の存在に預けてやってみようと思うに至りました。

候補地は3つありましたが、奥多摩の御嶽山にある群生地でtryすることに決めました。

エンジェルカードを引くとEducationでした。
“豊富な人生パターンから学ぶ能力を養いなさい。カリキュラムの確立はできないかもしれませんが、与えられた時間内でどのコースを取るか、あなたの知識をどのように適用させるか、選ぶことができます”

前回の体験から、夜以降飲み物だけで過ごしました。
懸念はエッセンスを作る時に必要な湧き水です。
水場は2箇所ありましたが、時間的な制約と台風の直後、という状況からどちらをとるか迷っていましたが、電車の中でも再度考え今回は飲み水用に凍らせたペットボトルの水を使うことにしました。

予想した通り多摩川はグレーの濁流となって轟々と流れ、御嶽山へ向かう人は少ないようでした。
遠くに厚い雲の切れ間から青空が見えます。

太陽の光(バッチ博士は雲ひとつない青空が必要条件だと言っています)もエッセンス作りに重要な要素ですが、私はこれまでエッセンス作りに参加(FFEのマリオンのもと6度)し、雲ひとつない晴天のミラクルもそうでない場合も経験しましたが、そこにはこだわっていません。
その時と場、天候も含めたシンクロニシティーー必然性からエッセンスは生まれると思うのです。

8月8日のライオンズゲート、Great central sun からの光が地上に届くと言われています。
私はこの霊的光でエッセンスができることを淡く期待していました。
なぜなら蓮華升麻の花に目を奪われた時、直観的に宇宙人?と感じたからです。
一属一種、日本の固有種なのですけれど。

群生地に着くと、観光客の何組かが先に行くのを待ちながらエッセンスのための花を探しました。
お一人カメラマンが撮影をしていましたので、そこからも少し距離を置いたところでーーまだまだ蕾の多い中、誰とも目を合わせていない今朝開いた花を。
エレメントにアチューンメントして感謝の歌を歌いながら。

花を見つけては写真を撮っていみましたが、下から覗き込むとオートではピントが合いません。
花の立体感と色がそうさせているのだと思いますが、この花の性質のヒントのように感じました。

蕾は丸く玉のようです。
そのひとつひとつが個々に針金のような茎の先に頭をもたげてさがっています。
咲き方もその蕾ごとに意志があるかのようにーー真っ先に開いて花を散らして雌しべだけになっているものもあれば、まだまだ種のように硬い蕾も。
下から順に咲くような秩序は見られません。
根元にある葉の多くは笹の葉の下にあって見えません。
ここは杉だけでなく白樺やいくつかの木が点在し、下生えには笹が茂る斜面で、よくガスがかかる場所のようです。

ようやく一輪の花にお願いして花の上から水を注ぎ、ガラスのボウルでその水を受けました。
ここは保護区ですし、保護されている花でもあるので摘むことはできず選択肢はありません。
摘むことに対して私自身はポジティブではありますが、私がエッセンスを作りたいと思う花の多くは人が植えたものでない限り摘むことができない花ばかりでしたので、このような方法も必要になるだろうと思いました。

エッセンスを遮光瓶にスポイトで移して残りを器に口をつけずに飲み、もうひとつの花を探しました。
見つけた花の茂みの向こうに先ほどのカメラマンがいましたが、私はあまり気にせずエッセンス作りに集中しました。
その花には小さな小さな透明な蜘蛛がいたので少し水をかけて去ってもらいました。
そしてエッセンスとなる水を注ぎます。
去ったと思った蜘蛛はボウルを持つ私の左手にいましたが、儀式を続けます。
ボウルに受けたエッセンスに、少しの間お花を浸しました。
その時、何枚か写真も撮りました。
そうして先ほどのボトルに加えました。
残ったエッセンスをレンゲショウマの側に置き、写真に納めるとマザーを飲み干しました。
あたりにはキビタキの声が響き渡り、足元にはザトウムシが長い足を繰り出しています。

ちょうど全てを終えた時、山道に日の光が差し込みました。
一瞬、タイミングを誤ったのだろうかという思いがよぎりましたがーーこの花たちは山の北の斜面の林の中で、下生えの笹の葉の中で俯いて咲いていることを思うとこのままで良かっとように思えました。
ここで作り直すのではなく、もう1本のボトルはこれから参拝する御嶽神社のあたりで作れるかもしれないととっておくことにし、レンゲショウマの林を後にしました。

産安神社に参拝すると、裏の山道から神社へと向かいました。
少し薄暗い山道で、前日に近くでツキノワグマが出たという情報があったのをふと思い出し、仕方ないのでここでも歌って歩きました。

宿坊街へ出てしばらく歩いていると、石垣に光るものが動きました。
尾が緑から青に光るトカゲです。
調べたら日本トカゲの幼体だとわかりました。

2003年にここでFFEのトレーニングがあり、グループでシャガのエッセンスを作りました。
長尾平でエクササイズをした際に、奥の山脈の空を見上げ紫の龍が見えると何人かの人が言っていました。
その時の記憶を辿りながら神社を目指します。

手水舎で身を清めた先、階段脇の草地に蓮華升麻が日の光の下で咲いていました。
葉は暑すぎる環境にやや黄変していますが、株はしっかりと自立して心なしか強く堂々としていました。(神社の周辺や玉垣内にもたくさん咲いていましたが、自生のものかどうかはわかりませんでした)
その中で開いたばかりの花からエッセンスをもらいました。
ボウルでエッセンスを受け、今度は青空のもとでそのまま株の根元に置いておきました。

その間に神社へ参拝を。
御眷属が狼であるという武蔵御嶽山神社。
修験道の霊山です。

木曽、甲州、そして奥武蔵と御嶽神社があり、それぞれ雪の御嶽、花の御嶽、月の御嶽と呼ばれるそうです。
そして玉垣内には多くの神々をまつる神社と共に日本武尊を助けたという狼をまつった大真口神社もありました。
狼は”Path Finder”だと言う言葉を思い出しました。
やはり先にお参りするべきだったか、と。

参拝を済ませて来た道を戻ります。
太陽光を浴びたエッセンスをボトルに移し、残りをいただきました。

蓮華升麻、どうしても会いたかった花でした。

補足 
Journey on の活動を始めたばかりの時、出来たのは”ふきのとう”のエッセンスでした。
そして今年の夏至の翌日、Journey on のエッセンスができました。
この前日の夏至の日、私は金糸梅の花の写真を撮っていました。
「夏至の日に黄色が眩しく」とコメントしています。
この花のエッセンスのキーワードは「魂の真実を生きる」です。
ああ、この花に共鳴したこともエッセンスを作ることに繋がり、私は魂の真実を知ることができたのだとわかりました。

私はエッセンスを作る課程を通して私自身ーー魂との対話をしているようです。
ですから、あくまで私に必要なエッセンスを作ることで学んでいるのだと思います。
この記事を読む方にはーー製品として世に出されているエッセンスとは土俵が違うことをご承知おきください。

たくさんのプロデューサーの方とお話して思うことは、みなさん表現方法は違いますが、人々ーー全体のためにエッセンスを作るため自然界とのmidwifeとして働き、高いハードルを乗り越えエッセンスを世に送り出しているということです。
フラワーエッセンスはおまじないや気休めではなく、魂を癒し人々を助けるものだということです。
改めてそのようなことを感じています。

今日はエッセンスを摂ってアチューンメントしていましたが、
水について調べるうち、氷結水ーー一度凍らせ溶けた水についての記事を読みました。
雪解け水や凍らせた水は水分子が六つ繋がっているそうです。(常温では五つ、気体の水はひとつ)
雪の結晶が六角形になるのはそのためでしょう。
どうやら”若返り”の性質があるようです。
今回エッセンスに使用した水はその氷結水、溶け出したばかりの水でした。

アナスタシアの中に、誕生日の夜の星空のエッセンスの話が出て来ます。
そこでは作った水を凍らせて必要な時に溶かして飲むと良いとも書いてありました。
実は今年それを作りたかったのですが、自然の中でキャンプでもしない限り作れないので断念しました。
逆に、フラワーエッセンスも凍らせて保存をしておくと良いのでは?
と思った次第です。
来年こそは・・・

空になる

サインは夏至の1日前から始まっていました。
いつものバスの車窓から、あるものが初めてそこにあったことに気づいたように、何度も訪れていたにも関わらず、気づいていなかったこと、変化したことに気づくということがたくさんありました。

その日は職場の健康診断でした。
午前の終わりにゆっくり出ようと思っていたのですが、妹(も健康診断!)が忘れ物をし駅まで届けるために私も早出となりました。

病院は空いていてあっという間に検診は終わってしまいました。
どこかでモーニングでも、と思いましたがその場所は氷川参道に面していたので久しぶりでお参りすることにしました。

手水舎までくると、「御神水」と書かれた蛇口が設置されていました。
少し前に誰かの記事で氷川神社でお水取りをしたというのを読んで、湧き水なんてあったかしら?と思ったのでした。
ここは中学の時に引っ越して以来のご縁のお社ですが、産土神社も氷川神社でしたしこの境内の雰囲気がとても好きでした。
おみくじはここで引くと決めています。
灯台下暗し。
あの池の横にある小さな滝の水が湧き水だとは知らなかったのです。
その日は朝から水しか飲んでは行けなかったので、ペットボトルの水を携帯していました。
ボトルの水を捨ててよく洗い、御神水で充し持ち帰ることに。

楼門をくぐるといつもの楠たちが立っています。
舞殿を囲むように自然のままの配置で残された背の高い楠が5本ほどあるのですが、これらの木は神木とはされていませんでした。
踊るような枝振りの楠たちに、人々は自然と手を添え、耳を澄ませ、身を預けてゆきます。

夏至の日の湿気に満ちた空気とは違い、爽やかな心地よい風が吹いていました。
珍しく龍笛の音も聞こえてきます。

参拝を済ませると、「ああ、この気持ちの良い風の吹く日にここでエッセンスが作れないものだろうか」という気持ちが涌いてきました。
作れそうな場所とタイミングを待ちましたが、ポツポツとですが人が途絶えることはありません。
すると結婚式を迎える花嫁と花婿が。
しばらく佇んだ後、ここでは無いと思い楼門の外へ出ました。

広い境内を歩いていると真新しいしめ縄をまわされ、デッキが設けられた大きな楠が目に入りました。
夫婦楠と立て札も立っています。
この楠にエッセンスを作らせてもらえますかと訊くといいえと断られました。

いつも私が通る裏参道からの道にある弁天島の宗像神社の方へ。
水の湧いている場そのものでもある池です。けれどもここでも無いようです。
振り返ると薄暗い木立の中にお稲荷さんの社がありました。
その赤い鳥居の脇に小さな石盤の祠が。
きちんとした身なりの男性が参拝していました。
気になって近寄ってみると「猿田彦」と刻まれていました。
いつもお稲荷さんは鳥居の外から礼をするだけできちんとお参りはしていませんでしたので、その祠のような石盤にも気づかなかったのです。
お参りし、お稲荷さんにも不敬を詫びお参りしました。
稲荷神は五穀豊穣、大地の神とも言えます。

あちこちで大工さんのトンカンする音や草刈り機の音がしていて・・
やはり境内では無いのだと公園への通路へ向かいました。
神域のヤブツバキを見上げると実はついていますがまだ緑色をしています。
また落ちた頃に来ようと思いつつ進むと、ヤブミョウガの白い花が咲き始めでした。

日本庭園でも忙しく庭師の方が草刈りや手入れをしていました。
明日からの大祓えに合わせて公園の整備もされているようでした。
半ばエッセンスのことは諦めて・・足元の小さな花を追いながら歩いていました。

公園の出口が見える端まで歩いて来ると、広場のような空間がありました。
ネジバナが咲いています。
足元に目をやると、様々な小さな花々が咲いています。
オオニワゼキショウを見つけました。
ポツンポツンとまばらに咲いています。
カタバミ、遅れて咲いたたんぽぽ、蛇苺の赤い実、か細いハルジオン、そして白花!のネジ花を見つけました。
良くみると、草たちは一度は刈られた後に伸びたり育ったりしたものたちでした。
だから細かったり、短かったりするのです。
そうして日が当たったところから新たに生えた蓬や、舞台を整えられた所にネジバナが咲き出したのでしょう。

ふと、ここも再び刈られるのだと思いました。
私が今まで写真に撮って来た木々や花はことごとくその後に切られてなくなっていたことを思い出しました。
今ここでエッセンスを作ろう、そう思いました。

ペットボトルの蓋を開け、草原に置きました。
このことをサポートしてくれるよう、エレメントの精霊や天使ー目に見えない存在たちに願い、少し離れた所でUnknown Soundを歌いました。
その場を眺めていると、子供のカラスが近くで土をほじって餌を探していました。
鳥がさえずり、遠くでキツツキが木を叩いています。
相変わらず草刈り機の音も聴こえます。
揚羽蝶、トンボ、モンシロチョウが飛び交い、足元には無数の虫たち。
広場の周りは100年近くの赤松と、枝垂れ桜や桜、そして神域の古い杜の木々たちが囲んでいます。

広場の脇には小道がいくつか張り巡らされており、小さな子供を連れたお母さんが通りました。
ジョギングをする人に散歩の人も。
ベビーカーのお母さんは向こうの道へ。
時折公園の外周を通る車やバイクの音。
自転車を漕ぐ人。
草木は人の事情で刈られたり、あるいは自然によって淘汰され、命が永遠にそこにとどまることはありません。
けれども命の流れはどこかで繋がれています。

私は降っている音を歌い続けーー大丈夫、ここで起きていることすべてを包含したエッセンス。これで良いのだと思いました。
時計をみると11:30、夏至の(一日後の)太陽の光、天中に差し掛かる正午まで待とうと決めました。
最後には草刈り機の音も止み、静かな時を迎えました。
太陽にはうっすらと雲がかかりはじめ、正午には日暈が見えました。
そして12:01、エッセンスに蓋をしました。

今までに、作りたい花や計画したこともありました。
つくるなら摘むのか摘まずにつくるのか、人気がなくてその植物が自生している場所で・・
どうするべきか色々シュミレーションしたりもしました。
けれども、ふきのとう以来その機会は訪れませんでした。
今日、なんの準備も支度もしていなかったけれど、私の体は余分なもので満たされていなかったーー空だったのです。
そのため、流れこむサインに気づくことが出来たのだとわかりました。
私の少しの意図とエレメントや見えない世界のサポートを得て、エッセンスがもたらされたのです。

これが私の作ったエッセンスのすべてだと思っていました。
けれども後日ーー時間を外した日、このエッセンスに記憶されたものを友人の助けを得て知ることになったのです。
Journey on

合歓の木とマメ科の花とサガリバナと

合歓の木と葛のエッセンスを摂っています。
同時に、時に別々に。

すると先日、サガリバナ という花の存在を知りました。
夜花開き、夜明けにはその花を落とします。
川面に浮かんだ花はゆっくりと水とともに流れてゆきます。

その光景に目を奪われました。
ふと、あの光景は天の川を地上に写したものなのではないかと思い至りました。
八重山諸島では偏西風の影響がないために、星がちらちらと瞬かないのだそうです。
これは想像でしかないのですが、月夜にはその白い雄しべが発光するように見えるのではないでしょうか。
受粉を終えポトリと落ちたサガリバナの白い花は抜け殻のようでもあり、木そのものは目的を果たして不要な衣を脱ぎ捨てたようにも感じられます。
雄しべ(男性性)のエッセンスはすでにその子房の中に統合されていますから。
この日の夜、頭が冴えてしまいーー合歓の木のエッセンスを摂ってもなかなか寝付けませんでした。

調べると、日本には2種しかないサガリバナ科の花。
もう一つはゴバンノキという木。
この花が合歓の木の花にそっくりでした。
びっくりです。

もちろん、葉や実の形状は合歓の木とは違います。
しかし合歓の木もサガリバナ科の二つの木も湿地を好みます。
そしてサガリバナはマングローブの後退したような水辺に進出します。

水辺、歩いは水の中に咲く花シリーズは、何か私にとって特別な感じがします。
要所要所でメッセージを持ってやってくる感じがするのです。

睡蓮

釣船草
ウォーターバイオレット
姫コウホネ
オオカワジシャ
そして
サガリバナ

それから、どちらの花も虫媒花であり、風媒花でもあるようです。
合歓の木の花は樹上で枯れますが、サガリバナやゴバンノキは花を落とします。
山茶花と椿のような似て非なるものの関係にややわじわじします。

その後、オーストラリア・ブッシュ・フラワーエッセンスにも近縁種が二つあることがわかりました。
ビリー・ゴート・プラムとフレッシュマングローブです。
ビリー・・は白い花、フレッシュ・・は赤い花。
白と赤、、、

ブッシュのエッセンスの本を読んで見ると、肉体レベルでは皮膚の疾患に効くとあり、その元となっている感情は肉体やセクシュアリティに対する嫌悪感だとありました。
以前ブッシュのウィステリアを選んだことも記憶に新しく。

更年期に突入してから太る一方の体に対するフラストレーションは長く続いていましたし、蕁麻疹などのアレルギー症状も体質として持っています。
遡れば若い頃、自分が女性であることが面倒臭いと思っていました。
PMS、あるいは満月の時には決まって感情が膨満し、コントロールが効かないのを自覚していましたし、幾つになっても女性の体のサイクルに慣れないと感じていました。
旅行をするにも、山に行くにも女性であることが危険であり足枷だと感じていたのです。

何れにしてもそのようなことを癒すのにブッシュが良いのだなと確認しました。
今思い出して見て見ると、年始に買ったセクシュアリティのエッセンスにビリー・ゴート・プラムとウィステリアが入っていました。
今が飲みどきなのかもしれません。

そしてーー葛を見ると私は父を想い出します。
私に葛の葉がうさぎの餌になることを教えてくれたのは父でした。
それ自体は良い思い出でしたが、晩年父には女性性をくるめて悪口を言われたことが、私にとっては不服でした。
葛のエッセンスについてーー私はこれといって何も感じることができないのはその辺にブロックがあるのかもしれません。
でもこの暑さの中でなんとかあの人混みの中出社拒否にならずに働けていること自体、きっと葛のサポートのおかげですね。

話は戻りますが、合歓の木は情報をうまくキャッチするのを助けてくれているように思えます。
サガリバナ、合歓の木にアチューンした後日、電車で隣に座った男性から甘い匂い。
しかし耐え難く席を移った私でした。。

Journey on

Unknown Tea Room 、図らずも時間を外した日でした。
参加者は講座に引き続き残ってくださった典子先生。

最近のお気に入り、ミスティカル シャーマン オラクルカードで今学ぶ必要のあることについてアドヴァイスを求めお互いに引いてみました。
1枚のつもりで引いたら重なっていて2枚でした。

56 Thunder 雷 でも同時に描かれているのはバッファローの群でもあります。
ガイドブックに書かれていたことの意訳としては–青天の霹靂的な何かが起きる可能性。いつおきてもいいように準備しておきなさい。という感じでしたが、今改めてアチューンメントしてみると、こんな言葉が涌いてきました。

“この時を待っていました”

実際指で触れたのはこれ、けれどもめくった時には隠れていたことになるのが
 1The Ancient one
アセンデッドマスターのような存在。霊的資源を無限に使えるとあります。

“私はあなたを知っています あなたもやがて私のことを思い出すでしょう”

続いて、典子さんが持ってきてくれたカードと提案にトライ。
今日の講座の応用編です。

私の使っているギャラクティック・ルーツ・カードと、
ルイーズ・ヘイのカード–自分の肉体を愛そうというメッセージのカードたち。
アファメーションも書かれています。

2種類をカードを第7チャクラと第1チャクラの課題に見立てアドヴァイスを求めます。
そして引いたのがこちら

最初は 7chakra 保守的な執着 地球 PRESENT
    古く慣れ親しんだものにしがみつく
    強制的な力が働く前に変化の流れに乗ること

    1chakra AGE 年
    齢を重ねることをポジティブに受け容れよう
    人生においてその時は一度しかないから

2枚のカードをうまく繋げることができず、もう1枚引いてみました。
するとBREATH呼吸のカード。
老い(太ることへのストレス)代謝の悪さの大きな原因が酸欠かもしれません。
もっと呼吸に意識を向ける必要性。
呼吸は肺の機能です。

折々に取り出して開くこの薄い本を、今回もまた開いてみました。

肝臓・肺・腎臓・心臓ー人智学的治療教育のための生理学的基礎
体と意識を繋ぐ四つの臓器 ヴァルター・ホルツアッペル著

三、肺は思考にかたさを与える
とあります。

肺は大地ー地のエレメントと関係があります。
『肺は空気ではありません。空気をとらえる器です。空気エレメントの中で息づいている魂が、肺をとおして地上的な出来事の中へ組み込まれるのです。このプロセスは旧約聖書の次の言葉に表されています』
この本の中では各臓器と血液の関係が図で説明されているのですが、「肺胞:青が赤になる」「内と外との直接的な出会い」と書かれています。
魂と肉体の結びつきに関係があります。
そして子供の持つ強迫観念にも。
こうなるとそこに広がる世界は宇宙を目の前にするようなものでキリがないのでやめますが、後でじっくり読み直そうと思います。

 でも7chakraに地球が出ること自体、upside downな印象。
バーストラウマ–酸欠–老化というキーワードが浮かびます。
 そこで上下逆に入れ替えました。


そして地球のカードに
アドヴァイスをバッチのカードに求めると、OLIVEでした。
仕事にとりかかる前には、なるべく楽をしたいと思い合理性を追求しようとしますが、一度始めてしまうと身体を酷使しがちです。
もう少し身体の声を聴くこととグラウンディングの必要性。

それぞれのカードに対応するエッセンスを選びます。
FE2だとやや本数が少ないので二人の共通フィールドでもあるフィンドホーンのエッセンスから選んで置いてみました。

AGE エルダー
BREATH レインディアライケン
地球・OLIVE ヘーゼル、 パシフィックのシーホース(タツノオトシゴ)

ペットボトルの水に落とし、二日でさっと飲むことにしました。

今日私がこの場に持ち寄ったのは、
風鈴
線香花火
自分で作ったエッセンス(これが2本目)
でした。
そのエッセンスがどのようなものか捉えきれてはいなかったので、典子さんの感性でどう感じるか一言どんな印象か聞きたいな、そのくらいの気持ちでした。

けれどもエッセンスから物語を読むように、リーディングが始まりました。
それは、私が作った時の状況とは別の物語、私の魂の物語でした。

エッセンスには作り手の意識や意図が反映されることは周知の事実ですが、専門家はそれをエッセンスから嗅ぎとることができるのです。
けれども、典子さんのように漏らすことなくその響きを読む人はそうはいないだろうと思えました。
本当にエッセンスが好きだからできるのだと。

私が作ったエッセンスは間違いなく、自分のためのものでした。
実はつくる間、ずっとUnknown Soundを歌っていました。
それはエッセンスをつくることをサポートしてほしいと見えない領域の存在達に呼びかけ、伝わるものを歌っていたつもりだったのですが、
その歌が、私を癒すための魂の叙事詩だったようなのです。
全てがその中に記録されていたのでした。

昔、シベリアの少数民族に伝わる口伝の叙事詩・歌を聴いたことを思い出しました。
民族の歴史を何十時間にも及ぶ歌で伝えているのです。
2年前にスージーさんと引いたスカンクのカードは、シベリアでのシャーマンの過去生を示唆していました。

彼女のリーディングから引き出された言葉は、私自身が直接聞きたいと願いながら聞けず、思い出したいと思いながら叶わないことでした。
それまでずっと記憶喪失のまま生きていたのでした。
そしてそうであった理由も今回聞くことができたのです。

予期せぬ展開でした。
自分がなんとなく感じていたことは間違いではなかった、そうわかっただけで何かがほどけた感じでした。
知った喜びと同時にわかってもらえたという喜び。
これでこの先も確かなものが何もなかったとしても生きてゆけるーーそう思えたのです。
本当に、感謝で胸がいっぱいになりました。

これが私に必要なセッションであり、この時間を外した日に典子さんによってもたらされたのでした。
Unknown Tea Room に期待したおぼろげなビジョンが、その夜も現実になりました。

ああ、やっと理解できました。
私の今生での仕事はやはりJourney on で自分の魂の向かうところへと旅を続けつつ 誰かの魂の旅からも学び、そして応援することなのだと思います。
地球とーー地球で生きることを模索するのだと思います。
現世的な繁栄を追うのではなく、ただ自身の内に芽生えるものを記憶してゆく旅です。
それは、最近のトピックを絡めるとーー地上的生産性はないかもしれません^^
そして理解されなくてもいい、今生で終えなくてもいい。
その言葉は解放でした。
フィンドホーンで暮らしていた時、ルームメイトに勧められて一枚のカードを引きました。
それは Witness というカードでした。
そして、インタビューの時にクリスティーナが見たビジョン。
緑の山と谷が続く風景の中、私の旅はまだまだ続くだろうーー
その時は意味がさっぱりわからなかったのですが、今そのことを想い出しました。

Journey onと名付けてから、本当に素晴らしい人にたくさん出会いました。
その人たちを日の光の当たる場所へ、あるいは水の流れるところへ。
旅の途中で出会ったその時を共に過ごす。
そして船出を言祝ぐのです。

クリスタル・メディテーション〜クリスタルと瞑想会

地下鉄の階段を昇る途中、地上の匂いが吹き込んできました。
なんの匂いだろうと思い巡らすと、それは芝を刈った後のフィールドの匂いでした。
出口を出てあたりを見回すと、公園の一角で草刈機が稼働していました。
私の中では、イギリスの匂いです。
彼の地の人々はせっせと芝を刈るのです。
刈らない人はもれなく怠け者の称号を与えられてしまいます。

海側には離陸する飛行機と大きな倉庫。
目の前には高層マンション群。
微かに潮の匂い。

飛ばされそうな強い風を浴びながら長い橋を渡ると、海抜3メートルから一気に地上53階へ。

中川美奈子さんのHPはこちら

天空サロンからはこの眺め。

そして散りばめられたクリスタルたち。
あの石、この石、目移りしてしまいます。
隕石や様々な石の話を聞かせてくれたのですが、
その中から最後に手にしたのはグリーンのフローライト(蛍石)でした。
その石を掌におさめて目を閉じーーゆっくりと誘導され瞑想。

姿を想像した時、大きな目がフローライトのエルフのような存在を感じました。

あなたの中にこの石と同じ音が芽生え始めています
それは、地球だからこそ奏でることのできる音色です
心のスペースにこの石の音を響かせれば、なぜここ(地球)に降りてきたのかを想い出せるでしょう

終わりの方で石を少し動かしていると、耳に反応を感じました。
比喩も音に関するものでしたので、どのような関係があるのか気になりました。

暑い夏の午後、地平線が丸く見える高みからクリスタルの眠る地中へと降りてゆきました。

私が中川さんに興味を持ったのは、やはり言葉が最初でしょうか。
そのクールな視点や多彩な切り口で語られるポストを読んでいると、明確な意志と思考の自由度ーーその表現としての五十音の可能性を感じていました。

瞑想会のあとお話していて、彼女がクリスタルの山の中からマスタークリスタルを探すように、その石の中に虹やマスターたらしめている ”光る”ものを見つける観察力があの言葉の源なのだと感じました。

お土産にいただいたのは、小さなアメジストでした。
レムリアンのように線を刻んでいます。

これまでクリスタルとどう付き合ったらいいのかわからなかったのですが、良い楽しみ方を教えていただきました。
フローライトにアチューンメントしつつーー
手元にある石たちとも親交を深めたいと思います。
ありがとうございました。

その日の夜、待ち合わせていた友人は、石の店を紹介するために待ち合わせ場所を変えようとしたというシンクロも。
後日石について調べてみました。
理系の勉学に良いというものからスピリチュアルな意味まで、色々。
調べるとフローライトは水には弱く溶けてしまうそうです。
紫外線で光るから蛍石。
名前の由来はラテン語の”流れる”。
成分はフッ化カルシウム(フッ素とカルシウムの化合物)
ジャン・ショートン著の本でミネラルのホメオパシーにおける適応例について調べると、散々な言われよう、、
程度の差はあるものの、当てはまる傾向もいくつか確認できました。

実は父は石が好きで、昔の家にはたくさん集めていました。
水晶の花が咲いているのやら瑪瑙の板やら河原の無数の石など。
そう言えば、私は彼の骨をダイヤモンドにしたのでした。

そして私のイギリスでの恩師も石が好きでした。
この先生はルネッサンスとシェイクスピア、人の意識の霊的進化について考えることをライフワークにしていましたが、最初の学期にイギリスの地下に存在する鉱物や土壌に多くみられる石灰について取り上げていました。

スコットランドからイギリスへ、たくさんの石を見て歩きました。
アイルランドのジャイアンツコーズウェイで見た柱状節理でできた六角柱の岩がひしめく海岸。
持ち帰った石笛になりそうな穴の空いた丸い石。
ライムストーンのゴツゴツとした岩礁。
石と貴石では何が違うのでしょうか?
彼の地で過ごした時、教育を通して平準化された日本の人々に対して、人はゴツゴツとした原石そのもののようだと思ったのを思い出しました。

私もしまってあった石たちを引っ張り出してみました。
世界の鉱物シリーズで集めかけて断念した時のものがほとんどですが、迷って買ったピンクレムリアンシード、磨くのを楽しみに買った翡翠など。
真ん中のはフローライトでは?

宿題

土曜日は気になっていたMiyuki Iwakiriさんの真性曼荼羅個展&吉田正子さんの旅するエッセンス・カフェへ仕事前の短い時間立ち寄りました。
なんだかんだで正子さんにお会いするのも一年ぶりくらいでした。

まずは曼荼羅をじっくり見せていただきました。
絵の前に立つと、それぞれ違ったメロディや音が聞こえてきます。
点描で描かれた曼荼羅は精妙で宇宙の静けさの中に浮かび上がっていました。

正確に描かれたパターンは理ことわりというか繰り返されるエネルギーのシステムのような感じを受けるのですが、時に点が散り浮遊しているような作品があり、私はよりそちらに惹かれているのを感じました。

最後までどう仕上がるのかわからないで描いているということを聞いて、チャネルして描かれているのだと思いました。
ライトランゲージで描くサインでも、ある種人間から遠い存在になるほど実線ではなく点になっていくのを私も感じていましたが、宇宙に偏在するもっともっと精妙で微かな一点をIwakiriさんは捉えてなんの色も付さずに紙に落としているのだと思いました。

正子さんはその絵のパワーや活かし方を知り、それらを使ってその人に必要なエネルギーワークをその場で創り出してしまいます。

その時使われたのは私が選んだ小さな絵ーー白銀の鳥が羽ばたくような絵とAngelicのGratitude。
左手にエッセンスを持って正子さんが左斜め後ろに離れて立って絵を動かします。
エナジーが頭から入ってきて、やがて降りて足へと流れてゆきました。
サトルボディにある傷のような引っ掛かりが取れたと正子さんが教えてくれました。
自分ではグラウンディングしているつもり、感謝してるつもりなのだけど、この二つのキーワードは繰り返し現れています。

もう一つ、レイエッセンスの前に立っていると私が好きだと言った円相のような絵を正子さんが手に掲げ、左手にアンジェリックのセレニティ、右手にPHIのダイヤモンドのエッセンスを持ち、自由に動いてみるというセッションが始まりました。
その円相のような絵は、私は見た時地球だと感じていました。
自分にチャネルのスイッチを許すと左手をくるくると回しながらライトランゲージが始まりました。
kpt語でした。
昨年の獅子座の皆既日食の時に強く出た音です。
言葉が自然に消えるまで続けました。

その日は、その場にある”日本”にフォーカスしてエッセンスから何かボトルを作らせてもらおうと思って行ったのですが、
していただいたエネルギーワークをみるとそれはナンセンスだと思い、今日のワークと今の私の状態を総合的に捉えてサポートしてくれるエッセンスを直観で選びました。

Angelic リペアリング・ザ・DNA
Angelic ブレスド・ビー
PHI ライフ フォース カクタス
レイ・エッセンス 三輪山

三輪山は取ろうとした時、右隣にあったアイヌモシリよりが目に飛び込み、こちらではないのかと問い直しました。
よく見れば左隣には琉球より。
この二つの地はいつも私の中で綱引きをするように存在してきたものでしたが、三輪山はその間に収まっていました。
象徴的なものを感じました。

そして選んだエッセンスについて正子さんから解説を聞きました。
三輪山には神魂譚があり、その話を想い出すのだと正子さんは聞かせてくれ、そしてこれらのエッセンスに2本加えると良いと思うのもを選んでくれました。

PHI シトリン
Angelic  フォーリン・ラブ・ウィズ・ライフ

変身してまで誰かといたい、何かを欲っすると思う気持ちーーそのような気持ち・欲は生きる原動力になるのではないかという正子さんの話を思い出しながら、帰ってから三輪山のことが気になって調べました。
そして蛇のとぐろから私はスパイラルのエナジーを連想し、そこでスパイラルが起きる時、どんな風にその力が生まれ、渦を巻いてゆくのかが気になりました。
力は水平方向に加わりながら円を描き上昇してゆきます。
(とぐろのような立体は厳密にはhelix3次曲線になるそうですが、ここでは通称としてスパイラルとします)

スパイラルのムーブメントには、見えないもう一つの力が必要なのかもしれません。
上に向かう力あるいは上から引き上げる力、下に向かう場合は重力。
あるいは拮抗し出会う力。

ブランデーを加えそびれたエッセンスがこの気温で悪くなりそうだったので5日で飲み切りました。
最後の1日で残りのエッセンスを500mlのペットボトルの水にすべてあけ、飲み干しました。

一晩経って、父の最期のことを想い出していました。
いつも、大切な人の最期を予感していながら何もできない自分がいました。
それが私にとっての後悔で、罪悪感を伴っていました。
私にできる何かはその人の死の事実を変えるものでは無かったと知っているのに。

けれども、今朝はもう一枚ヴェールが剥がれました。
彼らは精一杯生きたのに、なぜ私が後悔をするのか?
死を迎えることは失敗ではないのに。

そこにはやはりすり替えがありました。
私は今のままで自分が死を迎えることが怖いのです。
全力で生きていないから。
どうでもいいことで燃え尽きるまで働いたりするのに、自分が情熱を持てるものにその全力を賭けていないから。
理屈抜きで行動してしまうーーそのようなものに出会っていないから。
そう言い訳してまだ猶予が欲しいとも思っています。

まるで夏休みの宿題を終わらせてないのに新学期を迎える子供です。