初詣二〇一六

本日初詣、家の近くの氷川鍬神社と大宮氷川神社に参拝しました。
恒例のお神籤、一気に昇りました。感謝。
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右が舞殿、左が楼門。

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いつも思うんですが、背高の楠が舞殿を取り囲む様に生えていて、画角に収まらないのです。
素晴らしい大木です。

Year Angel for 2016

私も皆にならってイヤー・エンジェルを迎え入れました。

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Education

新しい年に私を迎え入れたあなたへ祝福を贈ります。
どうか、私とともに深い学びを受け入れてください。
あなたがこれから学ぶことは、宇宙の意志とともに生きることです。
そして、あなたの人生の目的を明らかにしてゆくのです。
あなたのおもう以上に宇宙は深く叡智を湛えています。
その叡智を学のです。

今年はFindhorn Flower Essenceとの再会があり、そして皆さんとご縁をいただいて、
一年前には想像もしていなかった展開に。
ほんとうに、ありがとうございました。
そして来年も、どうぞよろしくお願いいたします。

水とシリウス

最近目に付く映画「美しき緑の星」、上映会には参加できなかったけれど気になったのでネット経由で観てみた。
1996年というと、90年代初頭から始まったニューエイジ・ブームのただ中だった。
当時私も熱心に色々な本を読んでいたけれど、この映画のことは聞いたことがなかった。

当時インターネットは一般家庭にまでは普及していなかったし、テレビはブラウン管、携帯電話も然り。
滞在していたコミュニティやカレッジではテレビなしの生活をしていたし、この映画の中の星の世界が想像できないでも無かった。
私自身、東京に戻って仕事につくまで、携帯電話なんて一生持たずに暮らそうと思っていたくらいだから。
ちょうどあれから二十年が経ち、その間テクノロジーにどっぷり浸かって来た私が今この映画を観て最初に思うことは、これが今想像し得る最善の未来の姿だろうか?という疑問だった。

未来を描いたたくさんの映画やドラマでは、ほとんどが戦争によって荒廃しスラム化した都市世界か、ITや科学が進歩し続けたピカピカした無機質な情報世界、あるいは、太古に立ち帰り自然と共に暮らす世界のどれかに当てはまる。
前者のふたつはこのままの世界が突き進んだ時のオプションであり、この二つの要素が混在した未来は使い古されたコンセプトだ。
大別すれば二つと言えるだろう。

そして、ISが見せる悪夢は前者の姿のイントロダクションのようだ。
大地とともに文明が洗い流されるような淘汰が起きない限り、後者のような道へ転換することは難しそうにも思える。
ならば私はどんな未来を創造できるだろうか?

などとぐじゃぐじゃ考えながら、一日の終わりに得たヒントは”シリウス”だった。
少し前から、瞑想に”水”というキーワードが現れていた。
そして、シリウスでのことを思い出すには泳ぐこと、水に浮かぶことらしい。
映画の中でも交信するのに水を必要としていた。
水 コミュニケーション 愛 
私には水が足りないと常々思っていた。
状況的に難しいのでWATERのエッセンスを摂ってみた。

少し遡るけれど、秋口に入った頃再放送でこの番組を観た。
私自身は水からかなり遠ざかった生活をしているのだけれど、鯨には以前から関心があった。
そして休日にみたこの映像に引き込まれた。
こんな凄い人がいるのかと。そしてあの鯨の目。

二木あいさんのサイト

違和感

違和感を感じることには必ず何かが潜んでいて、後でそれがサインだったと気づくのだ。
やり過ごさずに観察する必要があると注意を払うようにしている。

最大の違和感とは、神話に出てくる神さまの名前が日本語とは思えないこと。
古語だから今の日本語とほど遠いのはわかるけれど、それにしてもほど遠いものを感じる。

もちろん、今では日本が単一民族国家だということは幻想だったとわかっているし、そのためだろうと思う。

after going through the uncomfortable time

昨年末の講演会で組織の在り方について経営者が一番最初にしなければならないことは”ヴィジョン”を明らかにすることだと星野氏は言った。
組織を作るつもりは無いけれど、自分自身を鼓舞させ納得させるだけのヴィジョンを明確にすることと置き換えた時、私にとってこれが難題だった。

ヴィジョンは考えたものの、実際の仕事とどう結びつけて良いのか、、
取りあえず”できそうな事”から手をつけ試しにやってみるということをやって来て、もうすぐ一年が経とうとしている。
そしてここ数ヶ月、その手も止まっていた。

喫茶店を始めるならば、どんな店を作るのかを決めさえすればやるべき事は大体決まっている。準備をしながら資金を作るだけだ。
まずはこれらを決めることが必要だ。
・どんな喫茶店を作りたいのか 何を誰に提供するのか=コンセプト
・生計をたてる=お金をどう生み出すのか?

お金を得る手段として一番手っ取り早いのが物を売る事であり、そして商品は自分が納得できるものでなければならなかった。
だから一杯のお茶と場を提供したいと考えたのだが、
喫茶店に思いを馳せるとそれは癒しと心地よさの追求であり、”私の今までの経験が役に立ち、出来そうな事”が全てだった。
心地よさへの拘りはキリが無く、追い求めるほどegoを拡大させているように思えてしまう。
けれども提供したいものがある種の癒しであることは確かだ。

心地よさは慰めにはなっても一過性のもので終わってしまう。
本当の癒しとは自身で気づき、こんこんと涌き出す水のように内から滲み出してくるものだ。
自分を癒すには自信を持つより他になく、自信はみずからの努力によってしか生まれない。
そして自分に由り癒すことができるなら、その人は変容し”自由”になれるのではないだろうか。
それが長い旅の後で私に降りた気づきだった。

過去を振り返って自分が今までしてきたことをすべて書き出して、それらを総動員して新しい仕事を作り出す事ができるとソーシャルキャリアカウンセラーのベリンダは教えてくれた。
そのことを一昨年あたりからずっと自問し続けた結果、色んな要素を盛り込んだ喫茶店という場を作ることだと一度は思ったのだけれど、具体的に考えてゆくほど近視眼になり、最初に決めた筈のヴィジョンをすっかり忘れていたのだ。

「旅する魂を応援する」
それが Journey on のヴィジョン。
私の”おせっかい”という質そのものを(抑えたり洗練することは必要だけど)仕事にしたいと思う。
甘いお菓子ではなく救急箱の絆創膏に、あるいは変容を求めて旅をする人の足に痛い小石でありたい。
基本は喫茶店だが、もうしばらくはチャレンジしたことのない未知の分野の要素にも自分をオープンにしておきたい。

停滞感から脱したと感じるのは、こんな映画を観たからだった。
日本語版☟全編無料

メモ
クロップサークル 同じ事を思っていた
フリーエネルギーの実現は世界を成長させる
ARK NOVA のドームもトーラスだった
世界経済のカラクリ 
合気道 相手の力を自分の力に変える

パタゴニアスペシャル1

チャンネルを回していたらたまたまBSフジでやっていた番組。
Top Gear
制作はやっぱりBBCだった。

オジサン三人だけど、なかなかどうして。
中古スポーツカーでアルゼンチンからチリはパタゴニアを目指して旅していた。
しかし、ルートが普通じゃない。道なき道をゆく。
クレイジー以外の何者でもない。

想像を絶する悪路と天候に広大な景色、悪ふざけにイギリス英語で語る車の魅力と蘊蓄。
立派なロードムービーじゃないか。
車好きでなくても見入ってしまい、久しぶりで興奮した。

来週のパタゴニアスペシャル2も見逃せない!
超長寿番組らしくDVDもあるし、しばらく退屈しないですみそう。

獣としての人とは

生まれ、生きて、子を産み落とし、育て、死んでゆく。
そういうものだ。

私には獣より植物の方が親しい。
20代後半まで、生物としての人の一生は植物のそれと大差ないと思っていた。
その頃の私は自分をタンポポの綿毛のような旅をする種になぞらえていたのだが、師であったアンドリューは人間は植物とは違うとはっきりと言い、いったい何が違うのかとぽかんとしたことを覚えている。
私がイギリス–西洋に行って(そういうおおきなくくりと対比によって)感じた差異の中には、人間が世界の中心であるという無意識の大前提と所有の概念、1個のものを立体としてとらえる存在というものへのフォーカスの強さ、そして唯一の神を信じる求心力があった。
それらは私が日本で暮らしていた間には意識したことが無いものだった。
たとえ自由意志と思考力、行動力を持つとしても人間だけが特別だとか、地球上の生物の中で優位だとか重要だとは思っていない。
ずっと人間は地球の地表を覆おうとする雑草なのではないかと思っていた。
そして植物界に私は純粋さと理想–美を見いだしていた。
わかっていたことは私の鏡は植物界であるが故に、自分に欠けている部分が多くあるということだった。
Plant KingdomとAnimal Kingdomの違いを思うとき、その差は個あるいはグループの結びつきの概念とより能動的に種を保存しようとすることだと思う。
そして獣にはアーキタイプとしての”情”がある。
獣とともに生きようとする主人公エリンの物語の中にそういう事が垣間見えたような気がした。

先を急いで貪るように読みたくなる本がある。
『獣の奏者』もそんな本だった。
そこには実在はしないけれど、見知らぬ国の言葉と文化と人の生き様があり、息づかいまで聞こえてくるようだった。
動物界を鏡にして、人のありようを問うのだった。

物語の命は芽吹くとどんどん育ってゆくと著者は言う。
「姿」というビジョンを持ちながらも決して構成を作るのではなく、注意深く「物語の佇まい」に耳を澄ませて言葉を紡ぎ整えるという方法を私なりに理解するなら、その過程もやはり”アチューンメント”なのではないだろうか。
創作するという意味において彼女は主神にもなりうるわけだけれど、私にはそうでなく、三位一体によって書いているように感じられる。
だからこそ、私は彼女の物語に惹かれるのだろう。

一週間ほどで読んでしまった。
そして『外伝』として書かれた五巻目の物語の中に、思いもよらず癒しがあった。
「人生の半ばを過ぎた人へ」
そうあとがきには書いてあった。
名指しされたようで、どきっとした。

獣の奏者 上橋菜穂子 著

嫌いな訳

ものごころついた頃からとにかく私には嫌いなものがたくさんあった。
食べ物に始まって、あらゆることに対して好き嫌いがあり、感情が大きく振幅するきらいがあった。
しかし、嫌いなのには訳がある。
嫌いな物のいくつかは実際に身体が受け付けないアレルギー物質である場合もあった。
それ以上に嫌いなものが多い訳だけれど、嫌いな度合いもちがえば訳もさまざまだった。

ある日銀座のとらやで友人とお茶をした。
数時間おしゃべりした仕舞いに、友人が「嫌いな理由を本に書いてみれば?」と言った。
毎度きらいなものに対する理由を語る私のある種の情熱と、そんなに並べ立てるだけの理由があって嫌っているということに関心を持ったのが半分、呆れたのが半分、そんなところだろう。

あれから三ヶ月が経った。
今日、やっかいな=嫌いな言葉と出会った。
その言葉に私は磁石のように反発し、強い動機が喉をすり抜け言葉となり、ついに理由を語るに至ったのだ。
という訳で、多分次の本は「嫌いな訳」を書いたものになるだろう。

旅の原点

Outlander
スコットランドが舞台の小説が原作のドラマ。

インヴァネスやフォートウィリアム、かつて訪ねたり通り過ぎたことのある街の名、石造りの家々や城。
そして馬で駆けるどこまでも続く緑の山と谷。
私にとって17年ぶりのその世界の息吹に胸が騒ぐ。

丘の上に立つスタンディングストーンのサークルから200年の時を超えてしまう主人公クレア。
しかし、その時代、どこであっても人が生きていくのは骨が折れた。
まして異国人の女性が何の庇護もなし旅をするのは容易では無い。
もっと行ってしまえば屈辱的でさえある。
命と女性性とふたつ守らねばならないものがあるからだ。
原作者がSなのか、毎回酷いシーンが含まれて生きた心地がしないのだけれど、このドラマに強く引き込まれてしまう。

現代は望むように生きることが許され精神の充足の為の旅も容易に旅も出来るけれど、それでもなお女であることは私にとって旅をする上では重い足枷だった。
中年になった今、枷は軽くなったけれど今度は別の肩の荷が重くのしかかる

その荷を置いてほいほいとは出かけられなくなった。
そして世界情勢もどんどん暗くなっていっていることが、心にブレーキをかける。
そうやって増えてゆく悪条件に私は尻込みするようになっていった。
もちろん、旅にでなくても日々の生活の中に意味を見出すことも必要な時間だった。
歳をとるということはそういうことなのだと思おうとしていた。

そもそも、古代から人が旅をしてきたのは生き残るために迫られてであったのであろう。
食物を得るために、住む土地を探すために、時に追われ、争いに巻き込まれ戦った。
そしてここに無いものを求めて、あるいは理想を実現するために旅をした。
いずれにしても、旅はいつでも身の危険を伴う過酷なものであった。
そんなことを「アウトランダー」は思い起させた。

そんな旅の原点を思うと、美味しいものを食べて楽しみを追及するだけの旅行をもとめてしまうのは一種の平和ボケのように思えてしまう。
けれども同時に、東京での暮らしは何のために生きているのか見失ってしまうほど過酷なものでもあると思う。
だからインダルジェンスとしての旅はバランスをとるために時には許されるのかもしれない。

日本から遥か遠い国、スコットランドのコミュニティへ手探りで旅をしたのは28の時だった。
それは人生2度目の危機的状況–虚無に支配されそうになったことを自覚して、生きる意味を探すための旅だった。
この春、その旅で出会ったMarionと東京で再会が叶った。
17年の間に2度ほど会ってはいたのだけれど、初めて出会った時から経った時間を振り返り、彼女も「あれから本当に長い時間がたったわね。」と言った。
彼女がFindohorn Flower Essencesを立ち上げて間もなく、カンファレンスを成功させた翌年私は彼女に出会った。
オフィスはまだPhoenix shopの前の建物にあり、そこはアイリーン・キャディが瞑想をしていた”トイレ”があった場所だった。
その小さなオフィスで1か月半、週3日くらいだっただろうか、エッセンスをボトルに詰めたりラベルを貼ったり、時にはエッセンスを作るのをお手伝いしながら働かせてもらっていた。
それ以降、私はフラワーエッセンスに助けられ自分と内と向き合う日々を過ごし、一緒に日本に帰ってきた。
しかし、コンピューターを使う仕事や東京を向いた経済優先の暮らしに飛び込むと、花に向き合うことは両立できなかった。
経済的な外へ向く生活と内を見つめる精神活動との間で行ったり来たりを何度かした。
そして10年以上経ち、エッセンスから離れて久しかった昨年、ほんの数か月の多忙で自分が壊れそうだと危機を感じた時、再び花を求めるようになった。
多忙は1年半続き、早々に音を上げ自ら終止符を打った。
危機的な状況が、「このままじゃいけない」スイッチをonにしたのだ。
スイッチした心はカチッと音をたてて別の方向へ向いた。
今年、彼女とエッセンスに再会した意味は大きかった。
ずっと未熟だからと保留にしてきたエッセンスを扱おうとする自分のスタンスが明確になった。

アラートが鳴り続けている。
東北での震災があって以来、もう少し落ち着くまで、祖母と両親が私の手を離れて身が軽くなるまで、と先延ばしにしていたのだけれど、もう時間がないのかもしれない。
思い返せば15年もの間、あまりにも長い間同じところで足踏みしていた。
課される状況にかかわらず、少しでもやりたいことに近づけるよう動いてみよう。
そうしなければ、と思った。
それが再び旅に出ようとする理由だった。

淡々と暮らすこと

フィンランドの花屋さん
店主の気に入った花を少しずつ綺麗に並べた店。
つくられるブーケはヨーロピアンスタイルでもオランダやデンマークの人々のデザインと比べると幾分おおらかでスペースを感じるアレンジだった。
ブーケをくるりと紙包みにすると頭の部分をスマートに折り畳んで輪ゴムをかける。
孫を抱えたお婆さんに渡す包みはその輪ゴムに輪っかをかけて手にぶら下げられるようにした。

地元のお年寄りと向き合う美容師さんの話。
そしてお婆さんがやっている真夜中のバーガースタンドには灯りに寄ってくる虫たちのようにお腹を空かせ
た人々がぽつぽつとやってくる。

フィンランド、確か言語学的には日本語と親戚のはず。
人々の暮らしも氷の結晶のように雑多なものや無駄・・・不純物がないように見える。
淡々と暮らすということにとても惹かれるのは、それこそが私には難しいことだから。

もうしばらくは、雑然とした部屋と家族の存在にやきもきしながら、折り合いを付けて暮らしてゆこうと決心しても、舌の根も乾かぬうちに父と喧嘩。
喧嘩すると祖母もわからない頭で口を挟み終いには家をでていくと泣きだす始末。
引っ越しして以来、家出しないで済むようにと必要なものは揃えたつもりだったけれど、足りないのは物ではなくて、ひとりになれるスペースと時間だった。

年寄二人を追い出すよりは、私が家出して頭を冷やす方がましだろう。
だから家出せずにいられない。
いつかまた、見知らぬ土地に暮らしてみたい。
静かな北国でもいつかきっと。

そこに暮らしていないと見えない物語。
いい番組でした。他のバックナンバーも見たいです。
ヨーロッパ路地裏紀行〜ヘルシンキ ムセオ通り〜