緑色

Facebookでシェアされて目に留まった記事でした。
In Deep オカさんの記事
その記事を読んで自分の中にあった経験を書留めたくなりました。

私が花屋からフラワーエッセンスの世界に傾倒していった中で、感覚的に思っていたことは、”花(植物)は人間のために存在しているのではないか?”ということでした。

花が種を残す為に様々な機能を持っていますが、花の色は花粉を媒介する昆虫にとってほとんど意味が無いと聞いたことがありました。
黄色と黒くらいしか認識していないというのです。
それなのに花はあのように多種多様な色を持っています。
そして、花を見て美しいと思う、愛でるのはこの地球上でたぶん人間だけなのです。

だから植物は人間のために、人間に気づきを与えるためにあのような色や形を発して存在しているのだと思っていました。
ある所で話すと、その考え方は気持ちが悪いと言われたことがありました。
人間中心に世界がまわっているという思考と誤解されたのです。
(私はそのような意味で言ったのではないので気にはしませんでしたが)

緑の光線を植物が捨てているとも著者は言っています。
私は自分の感覚から植物が緑色をしているのは、
花の色を際立たせるためだと感じました。
田んぼ、畑、そして周囲を囲む山、そこでは景色が鮮やかな緑色です。
その中に赤いタチアオイの花を見た時の感覚、風景が目に飛び込んで来たような感覚が忘れられません。

そして、緑という色が人に与える影響そのもののためのように思えます。
安心感、調和、リラックス・・
緑は強い光だと書かれていますが、それは色環を横にすると分かる様に、中央にあります。
真ん中、中庸の色なのです。
それが心のベースになるべき色なのです。

この記事を読んで更に面白かったことは、
物そのものは色を持っていないということ。
視覚と光・色、そして音、波長を脳がどうとらえるかということについて。

光と音の違いがよくわかっていないので簡単に調べました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?page=1&qid=1213011322

「音は、影響(状態)が伝わっていく。光は光自体が飛んでいく。ということです。」
zmpqxlaさん

この言葉から、アイ・ボディのワークショップでピーター・グルンワルド氏が「光は目に入ってくる(向こうからやってくるというニュアンス)」
そして「目に入ってきた光を脳が見ている」と言ったことが再び思い出されました。
どこかで聞いたことはあったものの、感覚的に私はずっと「目が光や物質として存在する物の色と形を見ている」と思っていました。
それが見えないのは目が悪いからだと。
過去記事魂の発するエラー
updating

ちょっと脱線しましたが、この回答も。

「大きな違いは、それぞれの波を伝える媒体。」
「光の媒体は、エーテルで、我々がその存在を体感的に知りえないもの。
エーテルは真空空間を広がって行き、宇宙空間を光は進める。」
golem_zeeさん
アインシュタインのE=mc2 相対性理論を理解できない原因は、そもそも光というものの性質と宇宙空間と地球の違いがわかっていなかったからなのだとわかりました。
ややこしい。
深追いはしませんが、やっと光について少しわかった気がします。

そしてオカさんの過去記事から引用されている
「形は音(周波数)から作られているのではないか」
という言葉も気になります。

すると、昆虫は花の形すなわち音の周波数をキャッチしてその存在を感じているのではないだろうか?
と想像します。
そして、その音さえも人は視覚で捉えているということです。
先日、全盲の人がエコロケーションを使って周囲の情報を得るというトピックをTVで見ました。
音と全身の感覚を使うエコロケーションで周囲の物の存在・材質・形を知ることができるわけですが、その情報を処理しているのは脳の中の視覚野でした。
(視覚野全体だったと思います。またアイ・ボディに戻ってしまいました)

そして、最近私がメッセージとして受けとっているものの中で繰り返される、
人が自然に働きかけること(記事では人の手で触れることが植物を健康にするとありましたが)

「人々の気が木を強くします、人が感謝の気を捧げ、木が氣を送る そのような循環が必要です」
Journey on Books「春分の旅」より

の重要性から人もまた、植物のためになることができると感じていました。
そう、物事に一方向だけというのはあり得ないのです。

そして、植物が必要としている緑の光線は、人間が捧げる感謝・調和・慈愛の思いから受け取っているのかもしれないと思うに至りました。
くすのき

ですから、その道筋は違っても至るところは同じであり、
「植物が「緑色」であり続ける理由がわかった! そして人間の生活システムの完成は「植物との完全な共生」にあるのかもしれないことも」
というこの記事のタイトルに深く共感したのです。

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