25年前のこと

このところ、川越に行く機会や入ってくる情報が増えています。
3月にあるイベントの話、先週もお友達と川越であったばかり、そして今日。
何だろうなあ?と気にしながら週末、妹と川越の珈琲フェスに出かけました。
蓮馨寺というお寺の境内で催されたイベントです。
珈琲は、案の定流行りの第3ウェイヴ・コーヒーばかり。
雨後の筍のように増えた店が扱うのはフルーティな豆ばかり、でした。
1杯飲んで人混みから出ると、そのまま街中を懐かしみながら歩きました。
私が1杯の珈琲に500円を払うのは、喫茶店のその時間と空間も含めてです。
並ばされてアンプとスピーカーからの演奏を聞かされ、紙カップの珈琲が500円、自分を満たしてはくれませんでした。

25年前、川越に住んでいました。
22歳の秋から春までのほんの半年のことでした。
花屋を辞めることになって、社員寮を出ることになりました。
当時戻れる実家もなかったのでどこに引っ越そうか考えるうち、日高のあたりに住めたらなあと思いました。
彼岸花で有名な巾着田のある高麗川の近くです。
秩父山脈の裾野で伏流水が湧く地域。
幼い頃に父に連れられて遊びに来て、河原で遊んだ時の光景が胸に残っていました。
けれども、通勤することを考えると難しく思い、生活に便利で古い街並みの残る川越に住むことにしました。
当時は古いものに心惹かれていました。
上野・浅草、月島や門前仲町のあたりの路地も良く散歩して、郷愁や時代を感じさせるものが好きでした。

ひとりの知り合いもいない場所でした。
仕事も辞めてしまって失業中、心配しましたがローカルな不動産屋さんで家賃3万円の古い木造農家の一角の部屋(風呂なし)を借りられることに。
ポンコツの軽自動車に乗り横丁の風呂屋に通う『神田川』のような世界です。
駅からはちょっと遠いのですが、菓子屋横丁の一本裏通り、近くには新河岸川が流れ、静かで良いところでした。
そう、ここへ来た時の動機、かなり薄れていた記憶を思い出しました。
当時土日もアルバイトをしていたため、意外と街中をゆっくり歩く機会がなかったのだなと思いつつ、
こんな道もあったのかと散策し以前の記憶を頼りに当時の家まで歩いて見ると、ほぼ当時のまま残っていました。

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懐かしさと同時に、あの時の気持ちを思い出せて良かったなと思いました。
私は新しい場所を探して—不安に思うだけでなくそこに移ることを楽しめれば良いのだな、と。
軽井沢・長野方面が今考えている候補ですが、そこへ一足飛びに居を移すとなると難しそうだ、というのも正直なところです。
川越の物件も探すこと、あるいは仕事をする場所として川越を考えてみる、ということも浮かびました。
駅まで戻る途中に熊野神社と厳島神社、弁財天さんにお参りし、ホワイト餃子を食べてホクホクして帰りましたとさ。