透視能力を開発するには?

先日透視能力開発講座なるものに参加してきました。
講師の火水ハヌルさんは霊能者ですが、霊視と透視の概念、違いについてのお話から講座は始まりました。

内容は書けませんので興味ある方は次回講座にご参加を^^
そこで、なぜ私がこの講座に申し込んだのかに触れたいと思います。

とあるご縁でFBのお友達申請をさせていただき、ハヌルさんの投稿や記事のシェアを目にするようになりました。そしてブログのリンクから、台湾での様々な旅や活動の様子ーそしてタンキーと呼ばれる方に出会われ、そこでのご自身の体験を綴った記事に辿り着きました。

はじめは旅行記のように異国の匂いに好奇心と想像力を膨らませ読んでいましたが、気がつくと暗闇は底しれず、一体どのくらい深くまで続いているのか想像ができませんでした。
私は途中で休むこともできず、急き立てられるように読み進んで行きました。

霊能者 火水ハヌルの全方向スピリチュアル

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なぜ 透視能力開発講座 に惹かれたかと言うと、話は十数年遡ります。
私はかつてフラワーエッセンスの勉強をしていて、植物とアチューンメント/同調するという練習をしていました。
フラワーエッセンスとは花の精髄(霊性・エッセンス)の波動を記憶させた水、と言えます。
花たちと共に働こうとするならば、その花の持つ波動に同調するセンシティビティ、そして理解することが必要不可欠なのです。生きている花と同調することもですが、一度記憶された水からその性質を読み取ることもします。

このアチューンメントには透視・透聴といったファカルティを成長させなければなりません。花自体は実在するものですが、その精髄はそして理解し人に伝えるには自身の内を通して人間の言葉やイメージに翻訳・変換することが求められます。

もちろん、何のトレーニングをせずともそのような能力を持つ人もいますが、私はそうではありませんでした。ですので練習が必要だったのです。

ある時体が反応して動くことに気づきましたが、あまり大きく動くことはアチューンメントの妨げになると感じ始めました。そして、反応を指先に集約しようと考え試し始めました。
それが絵を描くようになったきっかけです。指先の震えを信頼し任せました。多くは植物や昆虫のようで時には描きながら何を描こうとしているのかわかることもありましたが、描き終わって初めて解釈を試みることがほとんどでした。

しかし、中には時々怖いと感じる絵がありました。ペンデュラムによるダウジングにも慣れていましたが、実際どこにチャネルしているのかそのような識別や精査はできませんでした。
そして、文字や数字を書くこともありました。繰り返し同じパターンが出現することがありました。
けれども意味はわかりません。ひらがなで、日本語で、英語でと意図して試しました。時には読めない筆記体のようなものを綴ることも。
mum     8,000,000   8◯◯ むかしのことをわすれず
ある時は神社の境内で大きな木の声が聞こえ(胸に湧き)ました。
“私は見ている”

しかし、思うところがあり私はそのようなことをするのを一切やめました。
魔に引き込まれないよう心配しての助言を何度か受け、それらをとうとう受け入れたのですが、今思うとすべて男性による助言でした。
プラクティショナーになるためのモニターセッションで躓いたことも大きな原因でした。私のような未熟なものが安易に目指すべきではなく、自分がもう少し成熟した人間になった時には考えようとフラワーエッセンス自体からも離れました。

しかし、私がフラワーエッセンスに戻ったのは成熟したからではなく、仕事に忙殺されて自分が壊れそうだと自覚した時、「今の私に必要だ」と思い出したからでした。
そうして一度は捨てた世界を取り戻そうと戻ったものの、十数年遠ざかっていたアチューンメントの中途の感覚さえ簡単には思い出せませんでした。

何も聞こえないということに焦りを感じました。やがて自分には聞こえないのだからそれなりに関わるのだと開き直ると同時に、今度こそはその壁を越えなければとも思っていました。
そうして瞑想を再び始めエッセンスの力も借りて少しずつ取り戻す過程で・・・
以前は自動筆記に近い形で絵を描くように文字を書いていましたが、胸に言葉として湧くものを書き留めるように変化してきました。

すると、メッセージの内容は日毎に変わり、様々な存在が語りかけて来るようになりました。
その言葉は記憶の残り香や頭が作り出したストーリーではないのか、本当に他の存在から受け取っているものなのかが問題になってきます。
そこで少なくとも脳内想像から生まれる言葉を校閲するべく受け取りながら体の反応によるダウジングでチェックをするようにしました。
時には信頼できる人に聞いてもらったり、ブログに載せて見たりして反応を見ました。
しかしそのように一言一句確認するということは、ブレーキを踏みながら自転車を走らせる=自分のしていることへの疑念を持ち続けることになります。

問題はまだまだあります。他の存在とは一体どのような存在なのか。神様なのか天使なのか精霊なのか区別がつきません。大抵メッセージの主は名乗ったりしません。そのため、あなたは誰ですか?とわざわざ聞いたり問いかけたりもしました。

更に胸に湧く言葉とは、アチューンメントと同様私の左脳を通して言語化しているわけで、マインドが知る以上の言葉には翻訳されません。自らの言葉に限界と貧弱さを感じてもいました。

多くの方と話していると、皆さん五感と同様に能力を使っているようでしたが、私の場合は絵もメッセージも瞑想の過程を経ずにダイレクトに受け取ることは難しく、瞑想状態にならなければ受けれないというのが本質かもしれません。そのためいつも長い時間がかかり、最近では集中が途切れることがほとんどです。

昨年はそのことにフォーカスし、瞑想して絵を描いて言葉を受け取るということを繰り返しました。
しかし、現実生活に大きく影響を受けままならないのが現状です。
フィンドホーン財団の創始者の一人であるアイリーン・キャディが朝4時にトイレで瞑想してメッセージを受けていたのは有名な話ですが、彼女や彼女と同様に内なる神や植物の精霊とコンタクトしていたドロシー・マクレーンに思いを馳せる時、私に足りないのは決意とwillだと感じます。
彼女達のことを知ったのは20年近く前のことで、その頃は特別な使命を持った人なのだと思っていました。
けれども今、多くの人がそのようなつながりを自身の内に持っていることを現すようになりました。
特別なことでは無くなったのです。誰もが見えない世界にアクセスすることができる時代が来たのです。そして多くの情報が溢れる代わりに−−内容は玉石混合となり混乱が起きているようにも見えます。私もその石の中の一つでしかありません。

「できる限り自分でなんとかしよう」というのが私の信条でしたが、その姿勢を改め他者から学び、積極的に助けを求めたのがこの一年でもありました。
それでも疑念を払拭するにはアチューンメントの精度を高めなければならず、それは私自身が解決しなければならないのだと気づき始めていました。
そんなタイミングでハヌルさんのブログを読んだのです。
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私の瞑想で受け取るメッセージ、すなわち内なるものや目に見えない存在との対話から生まれる葛藤と、ハヌルさんの体験とは天と地ほどの差があり共感などと言うのはおこがましいですが、タンキーと出会った時に彼女の内で起きていたこと、その内なる旅を綴った言葉はしばらく私の胸に焼き付いて離れませんでした。

そして今回の講座では、ハヌルさんがご自身の使命を全うするために長い時間をかけて培ったものを惜しげも無く教えてくださいました。
自分のしていることの概念さえはっきりとしませんが、私はいただいたものを手掛かりにできる努力をして、内に芽生えているものを見極めてゆこうと思います。
それはフラワーエッセンスのプラクティショナーになる為、と言うよりは何か違う目的のためのように今は感じています。

約20年前の再来であり2年前に始まったこの流れの設定が、すでに古くなったのだと先週気がつきました。そして今日、年始に引いたカード、Purple Mt. Saxifrageのエッセンスが届きました。
相変わらず宿題が終わっていないので次に進めない−−そんな状況ですが、2年前の初心が鮮やかに蘇えり、モチベーションも上がりました。
今回こそ宿題はきっちり終え、同時に今週末には新しい設定をしようと思います。