水瓶座の新月

昔、エマーソンカレッジで勉強して一年が終わろうとしていた頃、私はこんな風に思っていました。
シュタイナーの洞察や霊的な知識と理解は、世界を謎解くように面白く深淵だけれども、たとえ真摯にその後を追っていっても一生かけても追いつくことはないだろうと確信しました。
知識を追いかけることに一生を費やすよりも、自分の人生を生きなければと思ったのです。

フラワーエッセンスのプラクティショナーになろうと決めたものの、そこでも課題は同じでした。
知識として勉強することの限界をどうしても感じずにいられませんでした。

『いかにして、超感覚的世界を認識するか』略して「いか超」と呼ばれるシュタイナーの本のタイトルにあるように、私に必要なことはそれでした。
そして、その本を手に持ち読むべきだと思いながら、他のことに忙しく読み進める気にはなれずにいました。

昨年再受講したFFEプラクティショナートレーニング、
型ではなく、自然界への働きかけが大切なこと。そして地球を癒す活動のこと。
難病センターの隣にある施設で行われたトレーニング。将来きっとフラワーエッセンスがその分野にも使われるだろうと予感しました。

最終日の帰りの電車でゆうこさんと初めて話しました。
そして御礼のメールをやりとりした際に、エレメントとのアチューンメントに悩んでいた私に彼女はこうアドヴァイスしてくれました。
「子どもの頃に、外で遊んだ記憶とともに、四元素をどう感じていたか思い出すと、きっと取っ掛かりができるかもしれません。」
「あとは、エレメントとのつながりの深い方と、ご一緒にチャレンジするのは、近道かもしれません。」
私は素直にこのことばを受け入れられました。
ペンデュラムを使い始めた時のことを想い出したからです。
何人かの人が使っているのを側で見ており、私にもできるかも、そう楽観的に感じていたのです。
そして練習する内に使える様になりました。
(まだエレメントへのアチューンメントは練習がともなっていないのと、自然を感じることをしていないため出来てはいないのですが)

麻奈さんのトランスフォーメーション・ゲームで、瞬時に必要な情報、あるいは過去の気持ちや痛み、ソースに繋がること、エンジェルやサポートしてくれるものの存在を感じることを再体験、実現化という奇跡を想い出しました。
また、この時「sisterhood & brotherhood」「森」「木」というキーワードももらいました。

自分で作ったエッセンスのメッセージが読み取れずに、明子さんに助けを求めた時もそうでした。
明子さんとのメールのやりとりをし、リーディングされたメッセージを読むことで、何かがわかりかけたのです。
程なくして、胸に涌くことばを受ける感覚を覚える様になりました。

スージーさんからは、過去の傷の癒し方、クリエイティビティそのものへの共感と古い友達を作る方法を。

みわこさんのギャザリングに参加した後、7raysに関する気づきがあり実験をはじめました。
その場にいた方の多くはオーラやエナジーを観ることができるようでした。
私にはそのようなことは無く、もうすこし曖昧な感覚を頼りにしているだけですし、
みわこさんのお話ー自然の声を聞いて来たことのシェアを言葉そのまま受け取っただけでしたが、
、数日後にはくすのきのメッセージを聞くという体験をしました。
そして今日はきのこの精のメッセージで、私が意図してアチューンメントしたのではなく、意図せず胸に聞こえて来たのです。

土曜日の山川亜希子さんのお話のあと、必要な人々が出逢い情報を分かち合うことからもたらされる展開の速さを実感しました。
「アート」私にとっては「美を体現すること」に通じているように思えました。そして昨年から歌、音楽というものをはじめたいとうずうずしていました。
本からでなく、これまで出会った人々から瞬時に右脳で学んできたのだとわかりました。

この日は佳子さんにも再会し、彼女からは宇宙語の可能性と水の記憶を想い出す必要性を受け取りました。
なおみさんの名前も、このとき聞いていました。
そして5月の植樹祭に向けて、なおみさんからきっと学ぶことになるのだと思いました。

ここには書ききれない程、人と出逢う度、学びを受け取っているということを再認識して迎えた今日でした。

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