パタゴニアスペシャル1

チャンネルを回していたらたまたまBSフジでやっていた番組。
Top Gear
制作はやっぱりBBCだった。

オジサン三人だけど、なかなかどうして。
中古スポーツカーでアルゼンチンからチリはパタゴニアを目指して旅していた。
しかし、ルートが普通じゃない。道なき道をゆく。
クレイジー以外の何者でもない。

想像を絶する悪路と天候に広大な景色、悪ふざけにイギリス英語で語る車の魅力と蘊蓄。
立派なロードムービーじゃないか。
車好きでなくても見入ってしまい、久しぶりで興奮した。

来週のパタゴニアスペシャル2も見逃せない!
超長寿番組らしくDVDもあるし、しばらく退屈しないですみそう。

獣としての人とは

生まれ、生きて、子を産み落とし、育て、死んでゆく。
そういうものだ。

私には獣より植物の方が親しい。
20代後半まで、生物としての人の一生は植物のそれと大差ないと思っていた。
その頃の私は自分をタンポポの綿毛のような旅をする種になぞらえていたのだが、師であったアンドリューは人間は植物とは違うとはっきりと言い、いったい何が違うのかとぽかんとしたことを覚えている。
私がイギリス–西洋に行って(そういうおおきなくくりと対比によって)感じた差異の中には、人間が世界の中心であるという無意識の大前提と所有の概念、1個のものを立体としてとらえる存在というものへのフォーカスの強さ、そして唯一の神を信じる求心力があった。
それらは私が日本で暮らしていた間には意識したことが無いものだった。
たとえ自由意志と思考力、行動力を持つとしても人間だけが特別だとか、地球上の生物の中で優位だとか重要だとは思っていない。
ずっと人間は地球の地表を覆おうとする雑草なのではないかと思っていた。
そして植物界に私は純粋さと理想–美を見いだしていた。
わかっていたことは私の鏡は植物界であるが故に、自分に欠けている部分が多くあるということだった。
Plant KingdomとAnimal Kingdomの違いを思うとき、その差は個あるいはグループの結びつきの概念とより能動的に種を保存しようとすることだと思う。
そして獣にはアーキタイプとしての”情”がある。
獣とともに生きようとする主人公エリンの物語の中にそういう事が垣間見えたような気がした。

先を急いで貪るように読みたくなる本がある。
『獣の奏者』もそんな本だった。
そこには実在はしないけれど、見知らぬ国の言葉と文化と人の生き様があり、息づかいまで聞こえてくるようだった。
動物界を鏡にして、人のありようを問うのだった。

物語の命は芽吹くとどんどん育ってゆくと著者は言う。
「姿」というビジョンを持ちながらも決して構成を作るのではなく、注意深く「物語の佇まい」に耳を澄ませて言葉を紡ぎ整えるという方法を私なりに理解するなら、その過程もやはり”アチューンメント”なのではないだろうか。
創作するという意味において彼女は主神にもなりうるわけだけれど、私にはそうでなく、三位一体によって書いているように感じられる。
だからこそ、私は彼女の物語に惹かれるのだろう。

一週間ほどで読んでしまった。
そして『外伝』として書かれた五巻目の物語の中に、思いもよらず癒しがあった。
「人生の半ばを過ぎた人へ」
そうあとがきには書いてあった。
名指しされたようで、どきっとした。

獣の奏者 上橋菜穂子 著

嫌いな訳

ものごころついた頃からとにかく私には嫌いなものがたくさんあった。
食べ物に始まって、あらゆることに対して好き嫌いがあり、感情が大きく振幅するきらいがあった。
しかし、嫌いなのには訳がある。
嫌いな物のいくつかは実際に身体が受け付けないアレルギー物質である場合もあった。
それ以上に嫌いなものが多い訳だけれど、嫌いな度合いもちがえば訳もさまざまだった。

ある日銀座のとらやで友人とお茶をした。
数時間おしゃべりした仕舞いに、友人が「嫌いな理由を本に書いてみれば?」と言った。
毎度きらいなものに対する理由を語る私のある種の情熱と、そんなに並べ立てるだけの理由があって嫌っているということに関心を持ったのが半分、呆れたのが半分、そんなところだろう。

あれから三ヶ月が経った。
今日、やっかいな=嫌いな言葉と出会った。
その言葉に私は磁石のように反発し、強い動機が喉をすり抜け言葉となり、ついに理由を語るに至ったのだ。
という訳で、多分次の本は「嫌いな訳」を書いたものになるだろう。

旅の原点

Outlander
スコットランドが舞台の小説が原作のドラマ。

インヴァネスやフォートウィリアム、かつて訪ねたり通り過ぎたことのある街の名、石造りの家々や城。
そして馬で駆けるどこまでも続く緑の山と谷。
私にとって17年ぶりのその世界の息吹に胸が騒ぐ。

丘の上に立つスタンディングストーンのサークルから200年の時を超えてしまう主人公クレア。
しかし、その時代、どこであっても人が生きていくのは骨が折れた。
まして異国人の女性が何の庇護もなし旅をするのは容易では無い。
もっと行ってしまえば屈辱的でさえある。
命と女性性とふたつ守らねばならないものがあるからだ。
原作者がSなのか、毎回酷いシーンが含まれて生きた心地がしないのだけれど、このドラマに強く引き込まれてしまう。

現代は望むように生きることが許され精神の充足の為の旅も容易に旅も出来るけれど、それでもなお女であることは私にとって旅をする上では重い足枷だった。
中年になった今、枷は軽くなったけれど今度は別の肩の荷が重くのしかかる

その荷を置いてほいほいとは出かけられなくなった。
そして世界情勢もどんどん暗くなっていっていることが、心にブレーキをかける。
そうやって増えてゆく悪条件に私は尻込みするようになっていった。
もちろん、旅にでなくても日々の生活の中に意味を見出すことも必要な時間だった。
歳をとるということはそういうことなのだと思おうとしていた。

そもそも、古代から人が旅をしてきたのは生き残るために迫られてであったのであろう。
食物を得るために、住む土地を探すために、時に追われ、争いに巻き込まれ戦った。
そしてここに無いものを求めて、あるいは理想を実現するために旅をした。
いずれにしても、旅はいつでも身の危険を伴う過酷なものであった。
そんなことを「アウトランダー」は思い起させた。

そんな旅の原点を思うと、美味しいものを食べて楽しみを追及するだけの旅行をもとめてしまうのは一種の平和ボケのように思えてしまう。
けれども同時に、東京での暮らしは何のために生きているのか見失ってしまうほど過酷なものでもあると思う。
だからインダルジェンスとしての旅はバランスをとるために時には許されるのかもしれない。

日本から遥か遠い国、スコットランドのコミュニティへ手探りで旅をしたのは28の時だった。
それは人生2度目の危機的状況–虚無に支配されそうになったことを自覚して、生きる意味を探すための旅だった。
この春、その旅で出会ったMarionと東京で再会が叶った。
17年の間に2度ほど会ってはいたのだけれど、初めて出会った時から経った時間を振り返り、彼女も「あれから本当に長い時間がたったわね。」と言った。
彼女がFindohorn Flower Essencesを立ち上げて間もなく、カンファレンスを成功させた翌年私は彼女に出会った。
オフィスはまだPhoenix shopの前の建物にあり、そこはアイリーン・キャディが瞑想をしていた”トイレ”があった場所だった。
その小さなオフィスで1か月半、週3日くらいだっただろうか、エッセンスをボトルに詰めたりラベルを貼ったり、時にはエッセンスを作るのをお手伝いしながら働かせてもらっていた。
それ以降、私はフラワーエッセンスに助けられ自分と内と向き合う日々を過ごし、一緒に日本に帰ってきた。
しかし、コンピューターを使う仕事や東京を向いた経済優先の暮らしに飛び込むと、花に向き合うことは両立できなかった。
経済的な外へ向く生活と内を見つめる精神活動との間で行ったり来たりを何度かした。
そして10年以上経ち、エッセンスから離れて久しかった昨年、ほんの数か月の多忙で自分が壊れそうだと危機を感じた時、再び花を求めるようになった。
多忙は1年半続き、早々に音を上げ自ら終止符を打った。
危機的な状況が、「このままじゃいけない」スイッチをonにしたのだ。
スイッチした心はカチッと音をたてて別の方向へ向いた。
今年、彼女とエッセンスに再会した意味は大きかった。
ずっと未熟だからと保留にしてきたエッセンスを扱おうとする自分のスタンスが明確になった。

アラートが鳴り続けている。
東北での震災があって以来、もう少し落ち着くまで、祖母と両親が私の手を離れて身が軽くなるまで、と先延ばしにしていたのだけれど、もう時間がないのかもしれない。
思い返せば15年もの間、あまりにも長い間同じところで足踏みしていた。
課される状況にかかわらず、少しでもやりたいことに近づけるよう動いてみよう。
そうしなければ、と思った。
それが再び旅に出ようとする理由だった。

淡々と暮らすこと

フィンランドの花屋さん
店主の気に入った花を少しずつ綺麗に並べた店。
つくられるブーケはヨーロピアンスタイルでもオランダやデンマークの人々のデザインと比べると幾分おおらかでスペースを感じるアレンジだった。
ブーケをくるりと紙包みにすると頭の部分をスマートに折り畳んで輪ゴムをかける。
孫を抱えたお婆さんに渡す包みはその輪ゴムに輪っかをかけて手にぶら下げられるようにした。

地元のお年寄りと向き合う美容師さんの話。
そしてお婆さんがやっている真夜中のバーガースタンドには灯りに寄ってくる虫たちのようにお腹を空かせ
た人々がぽつぽつとやってくる。

フィンランド、確か言語学的には日本語と親戚のはず。
人々の暮らしも氷の結晶のように雑多なものや無駄・・・不純物がないように見える。
淡々と暮らすということにとても惹かれるのは、それこそが私には難しいことだから。

もうしばらくは、雑然とした部屋と家族の存在にやきもきしながら、折り合いを付けて暮らしてゆこうと決心しても、舌の根も乾かぬうちに父と喧嘩。
喧嘩すると祖母もわからない頭で口を挟み終いには家をでていくと泣きだす始末。
引っ越しして以来、家出しないで済むようにと必要なものは揃えたつもりだったけれど、足りないのは物ではなくて、ひとりになれるスペースと時間だった。

年寄二人を追い出すよりは、私が家出して頭を冷やす方がましだろう。
だから家出せずにいられない。
いつかまた、見知らぬ土地に暮らしてみたい。
静かな北国でもいつかきっと。

そこに暮らしていないと見えない物語。
いい番組でした。他のバックナンバーも見たいです。
ヨーロッパ路地裏紀行〜ヘルシンキ ムセオ通り〜

きっと、うまくいく

2年ほど前に友達にすすめられた映画でした。
Huluの新着にあったのでテレビに飽きた土曜の夜に観てみることに。

インド映画お決まりのコース仕立てではあるものの、テーマは現代的でコミカルな中に風刺的な要素も山盛りもり込まれています。
経済的な発展と一部権力者の理不尽、そして若者の苦悩、という意味では60年代〜70年代の日本ともだぶるようにも見えます。

主人公は多数に迎合せず、簡単に諦めたりもしません。
そして二者択一で瀬戸際の状況の中で第三の道を見つけられる人でした。
“うまくいく”は もはやこれまで、と思ったそのときに発せられる言葉。
ただの祈りや楽観主義ではなくて、辛い境遇の中でも出来る事を精一杯したその結果に託す言葉、と言ったらいいでしょうか。

そんな彼にも間違いはあるということを学ぶ必要もあったわけだけれど、
印籠が無くても、今は個人が水戸黄門と同じくらい重要なのだということ。
ハッピーエンドで良かったです。

インド映画の中にはよく世界遺産?の風景が出てくるのだけれど、この映画の最後にもありえないような景色が展開します。
CGかしら、本当なのかしらと気になっています。
現実離れしたユートピア!
皮肉にもその風景がこの結末を現実世界の中で迎える事の難しさを物語っているようにも思えてしまうのです。