水の気配

節分の日にできたエッセンスは、マヤとの縁を意識に昇らせました。
そして待っていたパレンケ遺跡–聖なる直観のエッセンスは新月の日にポストに入っていました。
五つのエレメントの中のWATER、水のエッセンスです。
アカシックレコード、グレート セントラル サン の新しいコードにアクセスし、
聖なる直観と気づきを高めるためのものだと書かれています。
このエッセンスを摂り始めると、様々なシンクロがうむ新たな疑問に答えが(直観を通して)やって来ました。


梟の名のつく喫茶店で打ち合わせをすると、畳み掛けるようなシンクロの後、今まで考えもつかなかった方向に物事が流れ始めました。
お互いにとって手探りで、まだ手放しに喜べるものではありませんが–それで良いのだということはわかります。
それがJove Tarotで耳にした”パンドラの箱”であると私にはわかりました。
そして、パンドラの箱の物語が何を語っているのか–という問いに答える投稿をFBで目にしました。
“二極性の先にある世界”です。
その世界に希望の矢を放つことの重要性。

その日のシンクロの最たるものが梟でした。
梟の神が自ら謳った歌 「銀の滴降る降るまわりに」
私を北海道へと誘った言葉たち。
知里幸恵ノートを探しに北海道へ向かった17の冬。
久しぶりに読み返し、この歌は何を物語っているのだろうかと考えていました。
昔貧乏で今はお金持ちの人々、昔お金持ちで今は貧乏な人々、そして梟の神の物語。
数日後、繰り返し私の頭に流れていたのは年始にエッセンスを作った時に流れたメロディでした。
このエッセンスはBalancing Karmaと名付けたものでした。
そう、これはカルマのバランスの話なのだ–とわかりました。
「あたりに降る降る銀の水、あたりに降る降る金の水」そう歌いながら梟の神は舞い降りました。
それは雨のように降る宇宙からの光であり、そう歌うことで実際に降り注いていたのだろうとも思えました。
そう謳った翌朝に起きていたのはmanifestationです。
それはライトランゲージによるアバンダンスワークのケーススタディのようにも理解できます。
音とは、見えない世界とかたちある世界との中道–架け橋なのだということも。

昨日はあの早咲きのあやめがどうして咲いたのかがわかった気がしました。
この冬の長く続いた乾燥のあとで、やっと雨が降ったのです。
その雨が、命のスイッチを入れたのだろうということでした。
ナマクワランドで雨季の始まりに一斉に花が咲くように、です。

今日は用事を終えて家へ帰る途中、冷たい空気の中にはっきりと春を感じました。
そして、私が感じた春らしさとは温度ではなく空気に満ちている湿り気、水の気にあるのだと気づきました。
体内の細胞–DNAは水の中で生きています。
だから水が伝えるのです。
そして水は天と地の間を循環します。


フラワーエッセンスとは何だろう?

枇杷の講座の中でこう問いかけられた時、すぐには言葉になりませんでした。
それは自分にとってのフラワーエッセンスの本質–エッセンスを抽出する作業です。
けれどもこの日、しばらくすると今までに自分が繰り返し”説明”として用いてきた言葉とは少し毛色の違う言葉が浮かんできました。

私にとってフラワーエッセンスとは・・
地球に根ざし繁栄してきた植物たちの知恵ーーそしてその純粋なスピリットを記憶させた水であり、人が地上で生きることをサポートしてくれるものです。

この日いつものように何かエッセンスを摂ろうとして、慌てて講座の日なのでビワのエッセンスを摂って出かけました。
講座の前にハーブティーを入れていて、自分のために選んだのは白に淡いピンクの端がカールしたように開くバラの写真のパッケージのお茶でした。
 その後は秘蔵のスリランカ紅茶をいただくことにしたのですが、
それは “My Love” と名付けられたもので、これにも薔薇の花びらが入っていました。
そしてパーティの終わりに典子先生のために贈られた手作りの花のリースを皆で被ろうとなったのですが、反射的に私は断りました。
それも白とピンクの可愛らしいバラで作られたものでした。
ビワは見た目ではそうだとわかりづらいのですがバラ科の木です。この日のシンクロは薔薇でした。

フラワーエッセンスとは何か?
その時選んだ言葉にはビワが影響していたように思えました。
花はーー植物が自らの命を繋ぎ繁栄する(生き残る)ために咲かせるものですが、私はその美しさは(メッセージを持って)人のためにも咲いているのだとずっと思ってきました。
サポート、とは人への愛だと感じていたからです。
(情愛ではなく博愛、かな)
ただどうしてもそう書くのは躊躇われ、やはりサポートと書きました。

この日の短いプルーヴィングで感じたものは、
“recovering” “uplifting” そして短いメッセージでした。
“私と共に歩みなさい 私はいのちを天に捧げて生きています”

このメッセージを受け取れてーー 一年浅野先生からフラワーエッセンスを学べて本当に良かったなと思えました。

そして誤解を恐れずに言うならーーシュタイナーの勉強をやめようと決めた時と同じように、フラワーエッセンスの世界に収まることは、どこか私には窮屈さも感じさせるのです。
今日、青空に点々と浮かぶ白い雲、そしてその中を宙に浮いて歩くユニークなサンタの絵を見ました。咄嗟に「赤い空歩く人」だと思いました。
ずっとこのKINと赤と白のテーマが頭の隅にありました。
火山、火と水、第1チャクラと第7チャクラ、、、火星とシリウス、
そしてエッセンスとUnknown Sound。
私のキャラー赤い空歩く人を、「地上にありながら時空を自由自在に歩く人」と設定することにします。



Insight

最近さまざまなセッションやセラピーを受けることは、自我という体の中に閉じ込められた意識からは見えなかった”別の視点からの新しい情報”を受け取ることだと感じています。

情報が”癒し”に変わるには、wholenessとしての自分の同意が必要で、自らが受け取り、そして統合してゆくことが不可欠なのだと思います。

昨日は興味深いセッションを受けました。
でも先に書きたいことが山積みなのでそのセッションについてはまた後ほど



先日、お腹が痛くて目覚めました。
腹に溜まっていたものを全て出して時計を見るとまだ5時でした。
目が覚めてしまったので、一週間前に受けたスージーさんのセッションを聞き直しました。
その中の言葉をヒントに私の作ったエッセンスについて注意深くこれまでの過程を振り返って見ると、あるエッセンスのもう一つの方向からの気づき、理解がやってきました。
そのエッセンスを作った時の意識、意図、状況、過程そのものは、エッセンスに記録された魂の物語とは関係が無い様に思えていましたが、体験そのものから自分を切り離すとーーその過程と抱いた感情もまたエッセンスの質であることがなんとなくわかりました。

実は少し前に私は自分が作るエッセンスの”設定”について考えていました。
さまざまなフラワーエッセンスのメーカー・ブランドがありますが、それぞれにプロデューサーの霊的バックグラウンド、世界観、そして意図が反映されています。
ですから私がエッセンスを提供しようとするならば、その様な設定がある程度必要なのでは?と考えたのです。
例えば、バッチ博士は医師としてのミッションを通してーーエモーショナルレベルに、フィンドホーンならば見えない世界の存在とのco-creationという共同体の意識の土台の上で、メンタルレベルにアチューンメントして作られています。

先日参加したアンジェリックエッセンスのイブニングコースで、アンジェリックエッセンスにとって重要なことはーー受容するベースとしての瞑想、そして高次元の意識(主に天使界)だけで作られているということだとわかりました。
3次元的”時間”の概念の制約を受けないということです。
ですから今使うことで過去生や未来生に影響するのです。

和楽の雫シリーズもやはり時間という制約が薄いと感じます。今という瞬間を捉えている感じですが、地上に咲く花を触媒としていることはかわりません。
この世に生まれたーー肉体を持って生きているということに重きがあるからです。
そして神楽のシリーズは神様ーー意識体によるもので、縁を結びたいかどうかと問われます。実際はこちらからは選べないのですが。

では私がパイプとなってもたらそうとするものはーーそう考えていた時Unknowkn Soundから受け取った答えは、深い瞑想の状態に自分がなるということだけでした。私の意図など要らないのだと言われたように感じました。

けれども、ふとそのことについての気づきもやってきました。
私の作るエッセンスは、individual essenceであり、魂のものがたりであり、その人を癒すということにおいては鏡の役割を果たします。
それと同時に個人の質は磨くことで全体のアセンションを加速するーー地球への奉仕となりえます。

[そして再び浮上した”こども療法”の可能性。
魂が隠れてしまった人に岩戸の隙間から鏡をのぞかせる。
その人を深く理解したい場合に家族や周りの人が摂ることの有効性もあるかもしれないと想像します。]

話を戻します。
個の魂のクオリティは、カットされたダイヤモンドの一面だというイメージが浮かびました。
私にはまだ一つに溶け合ったonenessはイメージできません。

New Music は J-Pop に
New Age は Ascension へ
時の評議会は Areon は No era  すなわち直線的な時間を持たない
Light Language 光の言語は 私にとっては Unknown Sound 未知なる音

柊の運んで来たNew informationでした。

 







その質は全体への奉仕となります。



As Myself

インターネットで聞けるラジオ放送局
ゆめのたね

8月から東日本チャンネルで番組をスタートした パーソナリティ スミコ さん。
時々ご飯やら山登りやらご一緒させていただくお友達です。
彼女のこの半年の華麗なる転身には目を見張るものがありました。
きっかけは大変な苦境であったことに違いありません。
そしてその環境の中でチャンスを見つけ、掴み取ったことが素晴らしいと思います。
けれどももしそのことが起きなければ、この夢に近づくチャンスはずっと先送りになっていたかもしれません。
ゆめのたねは、どこで発芽するのかわかりません。
然るべき時にそれと知って芽を出すのだなと。

ところでなぜラジオ??とびっくりしていたのですが、今回名刺作成の打ち合わせで話を聞くと、なんとアナウンサーになるのが学生時代からの夢だったのだそうです。

番組名は「私らしく、あなたらしく」という思いを込めて
As Myself
毎週土曜 18:00~18:30
番組HPはこちら
facebook pageはこちら

毎週さまざまなゲストとのおしゃべりから未体験の世界が現れます。
今週土曜、11月17日の放送は神楽坂でも毎月連続講座をしていただいている
浅野典子さん(ホメオパスであり、フラワーエッセンスプラクティショナーでもあります)がゲスト出演されるとのこと。
運良く収録日が休みだったので急遽見学させていただきました。
話題はもちろん、フラワーエッセンスについてです。

この日はスタジオ近くの喫茶店で打ち合わせをして、すぐ本番でした。
スタジオは都内の廃校になった小学校を改築した公共施設の一室にありました。
玄関前には大きな楠があり、両腕を広げて迎え入れてくれました。

スタジオは文字通り縦長のワンルーム仕様。
防音室ではないのが面白いです。
白い壁で天井は高く、大きなMacのディスプレイとシンプルにミキサー?などの機械がデスクに置かれているだけ。
丸テーブルに3人分マイクとヘッドフォンが設置されています。
(想い起こせば高校生の頃–私放送部でしたっけ)
PAさんと挨拶を交わしそんなことを想い出しつつキョロキョロしていると、BGMの選曲が始まりました。
毎回ゲストの雰囲気や話の内容にぴったり来るようにスミコさんが選んでいます。
私もヘッドフォンを渡されて、マイクを通じてのやりとりに耳を澄ませます。
いくつかの確認を手早く済ませるともう本番です。
ゲストの典子さんの緊張は高まりますーーが、スミコさんは俄然仕事モードにスイッチが入った様子。

ーー収録終了ーー

30分はあっという間でした。
編集なしの半生放送。
水を得た魚の如くーースミコさんはゲストを導きその世界をリスナーの前に開きます。
ゲストは自らの世界を語った後、その朝開いたばかりの野バラのように頬を上気させていました。

典子先生とフラワーエッセンスの出会い、そしてファー・イースト・フラワーエッセンスとの出会いについてもお話されています。
ぜひ17日土曜の放送をお聞き逃しなく!





そして・・28日水曜日は神楽坂にて典子先生の講座があります^^

夢を叶える白き導きの花『柊ひいらぎ』
ファーイーストフラワーエッセンス 12の花ごよみ

facebookのJourney onページ、あるいは上記イベントページよりお申し込み・お問い合わせください。


伝えたいこと

「ありがとう。会えて嬉しかった」
そう伝えた時、実際に寝言で呟いていることに気づき目が覚めました。

夢の中でお葬式に参列していました。
でも本人はまだ生きているのです。
そこでの式とは向こうへ行く人に別れを告げる場でした。

私は最期を看取るのだと思っていましたが、
彼女のお母さんは、「良子さんに先にお別れしてもらわなければ」と言い、私は彼女に会いに行きました。
柱の前に立った彼女に向き合うと涙が溢れ、何か伝えなければ、一番伝えたいことは何かとーー押し出された気持ちとともに出たのがその言葉でした。

目覚めてすぐ浅間山のエッセンスをつくった意味はこれだったのだとわかりました。
軽井沢は彼女ともう一人の友と一緒に出かけた想い出の場所でした。
白糸の滝、鬼押し出し、北軽井沢、白根山のお釜、志賀草津道路から五色温泉へと下る道、山田牧場、丸山珈琲、、、
それも紅葉の時期でした。

彼女が去ろうとしていた時、私は虫の知らせを感じていました。
そしてそのことに気づきながら何もできない自分に無力感を感じるというパターンを身近な人や大切な人の死を通してその後も何度も繰り返しました。
ここまではずっと自覚してきたことでしたがーー
その人の生死に対して何かができたのでは?ということではなく、”生きているうちに大事なことを伝えられなかった” 後悔なのかもしれない
ーーと今回のことで感じました。

——–
小浅間山から見る浅間山の空へと続くなだらかな稜線は、今は立ち入ることのできない登山道でもあり、彼岸の風景でした。
ゴツゴツとした溶岩の塊が北東へ流れ出た様子が今も残っていますが、山容は穏やかで、女性性を感じます。
裾野を彩る木々は葉を落とし始めていましたが、岩の上には苔や地衣類の瑞々しさを感じ、その上に生えた木々は森としてはまだ若く、そこに広がるのは再生のランドスケープです。
私の大好きな火打山も、いつか行ってみたいと思っている月山にも同じエッセンスを感じます。
私は空へ続くあの道を歩いてみたいなーーと少し憧れのような気持ちをもち、対岸から眺めていました。

山頂付近で歌い、エッセンスを作りながら2時間ほどを過ごしました。
その間に何組かの登山者と行き交いましたが、女性だけのグループはどちらも楽しそうに辺りにおしゃべりを響かせ、賑やかでした。
帰りのバス停がわからず茶屋で尋ねると、早く来る白糸の滝経由のバス停を案内されましたが、私は気に入りのトンボ(!)の湯に入りたくてもう一つの路線バス停を探しうろうろするうちに先のバスは行ってしまいました。
茶屋でジュースを飲みながらひと心地つき、改めてバスに乗りましたが、降りるときに耳をおかしくしてしまいました。
風邪で鼻が詰まっていたので急な峠道の下降で耳菅が圧迫されたようです。
その後しばらくは右耳がかすかにしか聞こえませんでした。
パフィンに似た嘴のイカル。
カフェでは咲いているりんどうを見つけました。
そういえば、先日上野の山で冬のぼたん園の話を思い出していました。
どちらも彼女のエピソードに繋がる花でした。
彼女との別れが、私の人生に大きな意味を与えていました。
“今の”私の人格を形成する岐路だったとも言えるかもしれません。
オオオニバスのエッセンス。
記事を投稿すると、ある人が「人生を楽しみましょう」とコメントしてくれました。
その時素直に、「ーーそうだ、これからは楽しもう」と思えたのでした。
——-

あなたのエッセンス

 昨日は山に登りエッセンスをつくっていました。
まだまだ、という気持ちですが時の節目の時のような感覚があり、少しだけ今私のしていることをシェアしたいと思います。

  このところ休みと大型台風がピンポイントで重なり、旅をしていませんでした。
そして3連休にやって来たエンジェルは”冒険”
最初、蓼科山が気になりました。
次に蔵王のお釜が気になりました。
けれども風邪の状態で夜行バスや本格的な山行きはハードルが高すぎるーーましてやエッセンスを作って良いのか?と思っていました。
計画を立てながら体調が少しずつ回復に向かっていることを感じていると、明日は関東全域が晴れマークの予報でした。
風呂に入り、数日前に届いていた山の写真集を眺め改めてチューニングしなおしました。
するとかなりハードルを下げた行き先が候補に。
今回は軽井沢にある小浅間山に行くことにしました。
 
 誰かのエッセンスを作ろうとする時ーーどのように作るかは私のファカルティである直観、流れ込んできた情報、夢、そして様々な目に見えない存在たち(精霊やエレメンタル、天使、銀河の存在が関わる)よりもたらされる音の波ーーUnknown Soundに委ね、私はそれを信頼します。

 風景や土地といった自然、花やクリスタルが触媒になってくれることもありますし、星の運行や気象条件がこの時だと教えてくれる場合もあります。
つくる度に状況が違い、決まった方法やマニュアルは存在しません。

 2015年4月に初めて自分のためにエッセンスをつくって以来、私は新しい生き方を模索していました。
そして3本目となるレンゲショウマのエッセンスをつくって2ヶ月が経った今、私はこのプロジェクトを進めるためにーーステップを踏むように新しいエッセンスをつくり、それらのケースを通じて直観を鍛え学んでいます。

 先日谷中を散歩していたら現れた「俺の治療院」の看板、いるかの名のつく薬局、カナダの先住民のイラストに出会い、そして昨日は”コーヒー一杯プリーズ”と鳴くイカルという小鳥のことを知りました。
春しかこのようには鳴かないそうですが、この声、どこかで聞いたことがありました。
この小鳥、黄色い嘴がパフィンに少し似ています。
小さなシンクロを確かめつつ歩を進めています。



 

スキオセッション フラワーエッセンス編

スキオというマシンのお試しセッションを受けてきました。
宇宙では薬が効かないため遠隔治療のために開発されたと知り、興味津々です。

膨大な量の情報に最初はやや圧倒されましたが、帰ってからじっくり見直すと、今までに抱いていた疑問の多くを理解できるようになりました。
けれどもそれをいちいち取り上げるとあまりにも多層、多面的な情報であり整理して書くことは難しいと感じこの2〜3日考えていました。

スキオを使ったセッションはこちらのサロンで受けられます。
ホメオパシーセンター東京立川&フラワーエッセンスサロンPeaceful Heart
https://ameblo.jp/tokyotachikawahom

これまで身体症状として大病をしたことはありません。
一時的に病院にかかることはあっても長期的治療をしたこともありません。

自覚している身体症歴
-記憶のあるのは幼稚園年少、4歳くらいから-
偏食 乳製品、卵、魚介類、ぬめりのあるもの、発酵食品、甘い果物等
耳鳴り
-思春期-
アレルギー 蕁麻疹(きっかけは多分生姜、顔にまで出ました)
自律神経失調
低血圧
精神的な不安定さ
-20代- 前半でバッチフラワーレメディを知り、後半フィンドホーンフラワーエッセンスに出会う
睡眠中無呼吸の自覚(回復)
腰痛(坐骨神経)
感情過多 PMS
満月前後の心身の不調
耳鳴り悪化(耳菅開放症?)
アレルギー 鼻炎(カビ、小麦)
低気圧、天候急変による体調不調
-30代後半- フラワーエッセンスから離れサプリメントなど摂取
膀胱炎
四十肩
更年期
血糖の乱高下
肥満
ヒステリー
アレルギー 遅延性 リーキーガット疑い
-40代- フラワーエッセンスに戻る
閉経
介護による不眠
記憶力の低下
感情表現の抑制

予防接種は普通に受けています
インフルエンザは数年に一度かかっているような印象
最後にかかったのは2013年

生年月日と名前、口頭で上記の中の重要なものだけお伝えして早速解析をかけてもらいました。
いくつかの画面を解説を受けながら見て、調整をかけつつカウンセリングに耳を傾けます。

フラワーエッセンスのリストは数値の低いものから高いものまでーーたくさん思い当たる節があり、興味深かったです。
今回はこのリストから私自身が受け取ったものを書いて見たいと思います。

スイレン 感情鈍磨、痛みの感情抑制
私がフィンドホーン・フラワーエッセンスの中で多用したものの一つがRed Water Lilyでした。
特にPMSや満月前後の感情の爆発や体調不良の時、ペンデュラムでこのエッセンスを良く選んでいました。

ロドデンドロン シャクナゲ 昨年気になった花で高山種でエッセンスを作りたいとも思っていました。 
ホメオパシー的にも、エッセンシャルオイル、そしてフラワーエッセンス、どのレベルでも必要性があるように思いました。

ワスレナグサ 様々な種類の恐れを助ける
基本自分は臆病者だと思っています。今回の解析で「不安」というキーワードがありましたが、その不安は恐れから来ています。バッチのアスペンもリストにありました。

スレンダーライスフラワー 協力、グループの調和・・
協調性のなさは自覚しているところです。

レッドエリカ 心気症、羞恥心
小学校低学年の頃、グリーンセンターで鉢植えを一つ買ってもらえるとなった時、選んだのがエリカでした。だから日本ではあまりポピュラーではない鈴なりの小さな乾いた花たちを昔から知っていました。

ガーリック 不安の緩和
霊的・肉体的免疫との関係、外からのアストラル体への影響、ここでも「寄生(虫)」する存在に侵され易いというワード。電車通勤することにそんなにストレスを感じなくなったのでここのところケアしなくなっていましたが、きちんとしなければと思いました。(FFEエナジーシールドのコンビネーションを使っていました)
そういうことに対して顕在意識レベルでは無自覚で鈍感であることが問題な気もします。
ある場所に行くと疲れ果てたように消耗することや災害や死の予兆を感じるというのもアスペン的な要素なのかもしれません。
参考にしたのはこちらのブログです。
ひもろぎ庵だより 霊的障害に対するフラワーヒーリング(1)
http://himorogian.jp/tayori/2012/05/post-163.html
ここには放射線の影響ついても書かれており、ミネラルの解析ページでセシウムの数値が高かったのを思い出しました。
また、このような記述もあり思い当たるフシがありました。
『アストラル体内の種々のエレメンタル(元素霊)たちの活動が活発すぎるために起こる、神経質さや恐怖への対処にもガーリックは有効です』
昨年の夏、何もかも反故にして都会を離れて田舎に住みたい、北海道に行きたい一心だった頃のTimewaverbizの解析結果の中で風のエレメンタルの悪戯というような記述を思い出しました。

フェアリーダスター 異なるエネルギー間のバランスをとる
この花を調べたら驚きました。
Fairy Duster  https://www.desert-alchemy.com/flower-essence/fadu/
日本名は紅合歓、ネムノキの仲間です。ネムノキとサガリバナ、夏に私の注意を引いていた花の姿と同じです。

ハイビスカス 創造的能力とエネルギーに集中する
ハイビスカスもいろんなブランドから出ていますが、このキーワードは私にとって受け入れ易いと感じました。

プラムツリー インスピレーション、新しい思いつき
どのエッセンスなのか特定ができませんでしたが、検索するとプラムチェリーがひっかかってしまいます。
キーワードそのままを受け取るなら、ハイビスカスと共に今取り組もうとしている私の新しい思いつきをサポートしてくれるエッセンスではないかと思えました。

チェリーと言えば・・連想としてフィンドホーンフラワーエッセンスのジャパニーズチェリーを想い出します。
『ハートを開き、心を開きなさい。生まれ持った否定的な気質を克服し、高潔にふるまいなさい。善意の心で行動しなさい』
フィンドホーン フラワーエッセンス ハンドブック マリオン・リー著 より
このメッセージを目にするたび、重いものを感じます。
否定的な気質とは二極性に囚われていることを指しているのですが、二極性は私のホロスコープにも見て取れますし、このチェリーは後のホメオパシーの根本レメディの解析でも裏打ちされたように思います。

オールドマンバンクシア 人生で遭遇するすべてのものに立ち向かう
ブッシュフラワーエッセンスです。
昨年あたりから、ブッシュのエッセンスに興味が湧いています。

ビクトリアレジーア この世を去り行く人への助成
一番数値が高かったのがこのエッセンスでした。
エネルギーが似ているということでPHI のオーキッドエッセンスのリストに載っていますが、真っ白なオオオニバスのエッセンスです。
人の死というものが私の人生の中で繰り返し大きな意味を持ち、そのことがある意味私を殉教者のように歩ませ、心の重石となってもいました。
しかし最近作ったレンゲショウマのエッセンスにも近い要素があるのかもしれません。その重石を外しても良いと言われたのです。

また、解析の中に神経というワードがありました。
自律神経とアレルギーは深く関連しています。
(目覚めて交感神経のスイッチが入るとアレルギーも目を覚ますように)
そのことから思い出すことがあります。
昔全身蕁麻疹がでた時、自分ではFFEのワイルドパンジーを選んで摂ったのですが・・・
翌朝ラギッドロビンのエッセンスを作るのに立ち会うことになりました。
エッセンスを作るときには必ずそれを必要としている人に出会うことは良く知られていますが、その時現れたエッセンスを必要としている人=私だったというオチでした。
『あなたの体と内なる回路を清め、自由で豊かなエネルギーの流れを促しなさい。魂のエネルギーの実現をはばむすべての障害物を手放しなさい』
ナディを詰まらせる原因が私の場合は感情にあったのです。
以来ひどくアレルギーが出た時はこのエッセンスを摂るようにしていましたが、
長い間今一つピンと来ていなかったのです。
ワイルドパンジーはプラーナ(気)の流れを整えハートと思考を浄化します。
ラギッドロビンはナディ(生命力の回路・経絡)の障害を取り除き流れを整えます。
湿地に生えるラギッドロビンには水のエレメントの要素があり、障害-節に見られる物質レベルなものも感じます。

そしてハンドブックを再び読み返して見ると、『魂の特性を具現化する選択』『内なる自己に波長を合わせて生きる』この冬〜春に特に必要だったのはこのエッセンスだったな、、と今更思うのでした。

そして「トラウマ」というキーワード
時期に関するデータが不明でした。
これはしかし数値は高く根深いことがわかります。けれど自覚がない、ということで過去生や物心つく前の体験ではないかと思いました。
しばらく時間が経って、先にあげた影響の他、バーストラウマ、1.17、9.11や3.11、フランスでのテロ(瞑想中に情報を受け取った)など、無数にあるのかもしれないとも思えました。
それらは忘れたと思ってもきちんと癒えていないのかもしれません。
潜在意識の中でぶり返す皮膚のかゆみのようにくすぶっているのかも。

この件について少なくとも物心つく前の記憶や家族・家系からのものに関しては北海道で作ったふきのとうのエッセンスが対応していそうに思えました。
(Timewaverbizで解析してもらった結果やアイヌの伝承などからも)
このエッセンスを作った2015年以降家族にフォーカスがあたり、父との関係改善、祖母の介護をテーマに過ごした時期でした。
この時以降、家系や過去生というものの影響を感じたり考えるようになりました。

とりとめないのですが、ケーススタディ?としてお役にたてば・・
次回ホメオパシー編に続きます。

八月の花

8月の花は『しなやかにゆれる紅紫色の風 山萩』そして芙蓉でした。

典子先生は季節の花が折々に咲く宮城野に育ち、そしてとりわけこの萩のゆれる風景が幼い頃の記憶の中にあると話してくれました。

私たちの記憶をたどる時、喜びや悲しみの風景の傍にいつも花が咲いています。
その花々は長い時間をかけてその地に根付き、子孫を増やし、命を繋いで来た存在です。
日本に生きる花々はこの地に生きるすべを知っているのです。

この半年、エッセンスを摂りながら確信したことがあります。
自然に刻まれる時とは、宇宙の時の映し鏡であるということです。
地球に降り注ぐ日の光と星の輝きーー宇宙からのエネルギーを植物は知り、その響きの中で使命を持って花を咲かせているのです。

今年は明らかに季節が早くーー加速して巡っていることに私たちは気づいています。
その原因は物理的原因(温暖化を引き起こしているもの)と考えていますが、異常気象も含め上記のように考えるなら、宇宙の時間は加速し次元の隔たりを自由に行き来できるようになりつつあるーーこれまでの長く続いた轍から外れ始めているのではないかと思うのです。
あるいは過去>現在>未来と一方向だと思われていた時間の概念は古いものであったことを多くの人が感じ始めているから、と言い換えることができるかもしれません。
人もまた自然の一部であり、宇宙の全てを包含する一片だからです。
過去からの轍をなぞっていたのがこれまでの人の意識だとするならば、そのの引力が消えかかっているのが今かもしれません。

打ち上げ花火の中で好きなものがあるのですが、その一つがーー火花の一つ一つがランダムにクニュクニュとユニークに散るものです。
その動きは晴れた日に青空に見えるプラーナにも似ています。
生命とはその光の粒の一つ一つのようなものなのかもしれません。
ちょっと話がそれましたが、植物は大地に根をおろしながら宇宙と呼応して生きていることを私たちに見せてくれているのだと感じます。

また、フラワーエッセンスは自然療法として知られていますが、より量子的、多次元的な波動療法です。
粒子化された情報は観察者(ハイアーセルフ)の意図によってその期待される結果(着地点)が変わるのではないだろうか。
私個人はフラワーエッセンスについてそんなことを感じています。

講座に視点を戻します。

知識を入れる前にプルーヴィングを行います。
その人が花と対面した時にーエッセンスを摂った時に感じたことをシェアします。
それは植物とその人とのアルケミーが起こる瞬間です。
逆説的ですが、その人の肉体的資質、ファカルティ、精神状態、霊的使命を通じてしかエッセンスを受け取れませんから、自分が感じ得なかった”エッセンス”を他の人のシェアからは学ぶことができ、そのエッセンスの全体像をおぼろげながら浮かび上がらせることができます。

講座では日本の文化・歴史の中でどのようにその植物が受け取られてきたか、人が植物の本質を知らず識らずのうちに感じ取りその恵みを享受し、そしてどう表現してきたかという知識に触れることができます。
知識もその植物について、あるいはフラワーエッセンスについて大きな視点を得る助けになります。

そしてトリートメントボトル作り。
これはエッセンス初心者の方にはややハードルが高いかもしれません。
本来はこのことだけについて取り上げても連続講座を開けます。
ペンデュラムの使い方で講座もできてしまいます。
自分にあったエッセンスを選ぶこと、コンビネーションエッセンスの組み立て方、エッセンスの調和について、セルフケアについて、家族のケアについて、経過観察について、そのようなこと全てがプラクティショナーのトレーニングコースや長い間の経験を通じて得られる知識であるからです。
あるいは個人の資質、その意図、癒しや治療についての考え方によってもアプローチが違ってきます。

自分で作るトリートメントボトルは典子先生が用意してくれた美しいギフトーーセルフケアへの入り口だと思っていただけたらと思います。
もし疑問や難しさに対面したら、必要なサポートを受けてください。

抱えている問題についてプロの見立てでエッセンスを選んでもらうには個人セッションがあります。
安心できるプライベートな空間でーーカウンセリングを通して自分では気づけない大きな視点からアドヴァイスを受けることができますし、世界中のエッセンスから選択肢は無限です。

エッセンスについて学びたい場合はーーその人に合わせて教えてくれるセルフケア講座も立川のサロンでは受けることができます。
ワークショップでは個人の疑問や要望にすべて応えることはできませんし、自己流でコンビネーションして使ってみても効果を感じられないで終わる場合もあります。
そんな時はご自身のペースで個人教授を受けてみるのもお薦めです。

浅野典子先生のサロンはこちらです https://ameblo.jp/tokyotachikawahom/entry-12343441707.html

日本のフラワーエッセンス、ファー・イースト・フラワーエッセンス への扉を開くーー12の花ごよみの講座は毎月開催されています。
神楽坂、そして高津でも。

神楽坂での開催については
facebook Journey on  イベントぺージをご覧ください。

神楽坂の特徴は・・古民家のリラックスした雰囲気の中でエッセンスに触れていただけます。
そして日本のいくつかのブランドのエッセンスのお試しも(要予約)できます。

P.S.
この日はボトルを私も作らせてもらいました。
今摂っているレンゲショウマと併用しても良いものという設定で。
パシフィック Blue Bell
アラスカン Blue Poppy

左手でサーチして掴むスタイル^^
ラベルを見てカナダやアメリカで拡がるの山火事のことを思い出しました。
広い範囲の森が焼け、人々の暮らしにも影響が出ています。
山萩は山火事の熱で地中に眠っていた堅い殻を割り芽を出します。
焼き払われた野に最初に芽を出すーーそれは世界もへの奉仕だと講座の中で教えられました。

日本では山火事の印象は薄いのですが、山焼きや野焼きが行われていたりします。
炎によって芽生える使命、そして長い間秘められた情熱。

自分にはこの情熱が足りないと感じてもいますが、山萩も芙蓉も女性性のキーワードに少し気後れします。
反対のものを統合するエナジー。
青と赤
人の中に流れる血
山萩のマゼンタ(紫)は赤と青の統合の色
臓器で言うなら心臓 
『心臓は内なる支えを与える』体と意識を繋ぐ四つの臓器 ヴァルター・ホルツアッペル著 
 上橋菜穂子さんの 鹿の王 (萩の反対のものとしての鹿)
 最近読んでいる2冊の本です。 

Blue Poppy は 大いなるものへの奉仕。
Blue Bellは はのど、肺経、腎経 古い束縛、バカにされる恐怖の解放。

まずはこの2本を摂って青から赤へ・・山萩&芙蓉を摂ろうと思います。

Heart Family

レンゲショウマの開花を知らせるポストを見るにつけ、今年はこの花で作りたいという気持ちが頭をもたげ始めました。

夏至の翌日に想定外の運びでエッセンスが出来て、エッセンスが生まれるとはこういうものなのかと思ったと同時に、自ら作ろうとする意図など大した意味はないのだと感じました。
けれども、次々花からのサインを感じながらもレンゲショウマが頭から離れません。
最終的にはーー前回のことを踏まえつつどんな風に出来るかを見えない世界の存在に預けてやってみようと思うに至りました。

候補地は3つありましたが、奥多摩の御嶽山にある群生地でtryすることに決めました。

エンジェルカードを引くとEducationでした。
“豊富な人生パターンから学ぶ能力を養いなさい。カリキュラムの確立はできないかもしれませんが、与えられた時間内でどのコースを取るか、あなたの知識をどのように適用させるか、選ぶことができます”

前回の体験から、夜以降飲み物だけで過ごしました。
懸念はエッセンスを作る時に必要な湧き水です。
水場は2箇所ありましたが、時間的な制約と台風の直後、という状況からどちらをとるか迷っていましたが、電車の中でも再度考え今回は飲み水用に凍らせたペットボトルの水を使うことにしました。

予想した通り多摩川はグレーの濁流となって轟々と流れ、御嶽山へ向かう人は少ないようでした。
遠くに厚い雲の切れ間から青空が見えます。

太陽の光(バッチ博士は雲ひとつない青空が必要条件だと言っています)もエッセンス作りに重要な要素ですが、私はこれまでエッセンス作りに参加(FFEのマリオンのもと6度)し、雲ひとつない晴天のミラクルもそうでない場合も経験しましたが、そこにはこだわっていません。
その時と場、天候も含めたシンクロニシティーー必然性からエッセンスは生まれると思うのです。

8月8日のライオンズゲート、Great central sun からの光が地上に届くと言われています。
私はこの霊的光でエッセンスができることを淡く期待していました。
なぜなら蓮華升麻の花に目を奪われた時、直観的に宇宙人?と感じたからです。
一属一種、日本の固有種なのですけれど。

群生地に着くと、観光客の何組かが先に行くのを待ちながらエッセンスのための花を探しました。
お一人カメラマンが撮影をしていましたので、そこからも少し距離を置いたところでーーまだまだ蕾の多い中、誰とも目を合わせていない今朝開いた花を。
エレメントにアチューンメントして感謝の歌を歌いながら。

花を見つけては写真を撮っていみましたが、下から覗き込むとオートではピントが合いません。
花の立体感と色がそうさせているのだと思いますが、この花の性質のヒントのように感じました。

蕾は丸く玉のようです。
そのひとつひとつが個々に針金のような茎の先に頭をもたげてさがっています。
咲き方もその蕾ごとに意志があるかのようにーー真っ先に開いて花を散らして雌しべだけになっているものもあれば、まだまだ種のように硬い蕾も。
下から順に咲くような秩序は見られません。
根元にある葉の多くは笹の葉の下にあって見えません。
ここは杉だけでなく白樺やいくつかの木が点在し、下生えには笹が茂る斜面で、よくガスがかかる場所のようです。

ようやく一輪の花にお願いして花の上から水を注ぎ、ガラスのボウルでその水を受けました。
ここは保護区ですし、保護されている花でもあるので摘むことはできず選択肢はありません。
摘むことに対して私自身はポジティブではありますが、私がエッセンスを作りたいと思う花の多くは人が植えたものでない限り摘むことができない花ばかりでしたので、このような方法も必要になるだろうと思いました。

エッセンスを遮光瓶にスポイトで移して残りを器に口をつけずに飲み、もうひとつの花を探しました。
見つけた花の茂みの向こうに先ほどのカメラマンがいましたが、私はあまり気にせずエッセンス作りに集中しました。
その花には小さな小さな透明な蜘蛛がいたので少し水をかけて去ってもらいました。
そしてエッセンスとなる水を注ぎます。
去ったと思った蜘蛛はボウルを持つ私の左手にいましたが、儀式を続けます。
ボウルに受けたエッセンスに、少しの間お花を浸しました。
その時、何枚か写真も撮りました。
そうして先ほどのボトルに加えました。
残ったエッセンスをレンゲショウマの側に置き、写真に納めるとマザーを飲み干しました。
あたりにはキビタキの声が響き渡り、足元にはザトウムシが長い足を繰り出しています。

ちょうど全てを終えた時、山道に日の光が差し込みました。
一瞬、タイミングを誤ったのだろうかという思いがよぎりましたがーーこの花たちは山の北の斜面の林の中で、下生えの笹の葉の中で俯いて咲いていることを思うとこのままで良かっとように思えました。
ここで作り直すのではなく、もう1本のボトルはこれから参拝する御嶽神社のあたりで作れるかもしれないととっておくことにし、レンゲショウマの林を後にしました。

産安神社に参拝すると、裏の山道から神社へと向かいました。
少し薄暗い山道で、前日に近くでツキノワグマが出たという情報があったのをふと思い出し、仕方ないのでここでも歌って歩きました。

宿坊街へ出てしばらく歩いていると、石垣に光るものが動きました。
尾が緑から青に光るトカゲです。
調べたら日本トカゲの幼体だとわかりました。

2003年にここでFFEのトレーニングがあり、グループでシャガのエッセンスを作りました。
長尾平でエクササイズをした際に、奥の山脈の空を見上げ紫の龍が見えると何人かの人が言っていました。
その時の記憶を辿りながら神社を目指します。

手水舎で身を清めた先、階段脇の草地に蓮華升麻が日の光の下で咲いていました。
葉は暑すぎる環境にやや黄変していますが、株はしっかりと自立して心なしか強く堂々としていました。(神社の周辺や玉垣内にもたくさん咲いていましたが、自生のものかどうかはわかりませんでした)
その中で開いたばかりの花からエッセンスをもらいました。
ボウルでエッセンスを受け、今度は青空のもとでそのまま株の根元に置いておきました。

その間に神社へ参拝を。
御眷属が狼であるという武蔵御嶽山神社。
修験道の霊山です。

木曽、甲州、そして奥武蔵と御嶽神社があり、それぞれ雪の御嶽、花の御嶽、月の御嶽と呼ばれるそうです。
そして玉垣内には多くの神々をまつる神社と共に日本武尊を助けたという狼をまつった大真口神社もありました。
狼は”Path Finder”だと言う言葉を思い出しました。
やはり先にお参りするべきだったか、と。

参拝を済ませて来た道を戻ります。
太陽光を浴びたエッセンスをボトルに移し、残りをいただきました。

蓮華升麻、どうしても会いたかった花でした。

補足 
Journey on の活動を始めたばかりの時、出来たのは”ふきのとう”のエッセンスでした。
そして今年の夏至の翌日、Journey on のエッセンスができました。
この前日の夏至の日、私は金糸梅の花の写真を撮っていました。
「夏至の日に黄色が眩しく」とコメントしています。
この花のエッセンスのキーワードは「魂の真実を生きる」です。
ああ、この花に共鳴したこともエッセンスを作ることに繋がり、私は魂の真実を知ることができたのだとわかりました。

私はエッセンスを作る課程を通して私自身ーー魂との対話をしているようです。
ですから、あくまで私に必要なエッセンスを作ることで学んでいるのだと思います。
この記事を読む方にはーー製品として世に出されているエッセンスとは土俵が違うことをご承知おきください。

たくさんのプロデューサーの方とお話して思うことは、みなさん表現方法は違いますが、人々ーー全体のためにエッセンスを作るため自然界とのmidwifeとして働き、高いハードルを乗り越えエッセンスを世に送り出しているということです。
フラワーエッセンスはおまじないや気休めではなく、魂を癒し人々を助けるものだということです。
改めてそのようなことを感じています。

今日はエッセンスを摂ってアチューンメントしていましたが、
水について調べるうち、氷結水ーー一度凍らせ溶けた水についての記事を読みました。
雪解け水や凍らせた水は水分子が六つ繋がっているそうです。(常温では五つ、気体の水はひとつ)
雪の結晶が六角形になるのはそのためでしょう。
どうやら”若返り”の性質があるようです。
今回エッセンスに使用した水はその氷結水、溶け出したばかりの水でした。

アナスタシアの中に、誕生日の夜の星空のエッセンスの話が出て来ます。
そこでは作った水を凍らせて必要な時に溶かして飲むと良いとも書いてありました。
実は今年それを作りたかったのですが、自然の中でキャンプでもしない限り作れないので断念しました。
逆に、フラワーエッセンスも凍らせて保存をしておくと良いのでは?
と思った次第です。
来年こそは・・・

空になる

サインは夏至の1日前から始まっていました。
いつものバスの車窓から、あるものが初めてそこにあったことに気づいたように、何度も訪れていたにも関わらず、気づいていなかったこと、変化したことに気づくということがたくさんありました。

その日は職場の健康診断でした。
午前の終わりにゆっくり出ようと思っていたのですが、妹(も健康診断!)が忘れ物をし駅まで届けるために私も早出となりました。

病院は空いていてあっという間に検診は終わってしまいました。
どこかでモーニングでも、と思いましたがその場所は氷川参道に面していたので久しぶりでお参りすることにしました。

手水舎までくると、「御神水」と書かれた蛇口が設置されていました。
少し前に誰かの記事で氷川神社でお水取りをしたというのを読んで、湧き水なんてあったかしら?と思ったのでした。
ここは中学の時に引っ越して以来のご縁のお社ですが、産土神社も氷川神社でしたしこの境内の雰囲気がとても好きでした。
おみくじはここで引くと決めています。
灯台下暗し。
あの池の横にある小さな滝の水が湧き水だとは知らなかったのです。
その日は朝から水しか飲んでは行けなかったので、ペットボトルの水を携帯していました。
ボトルの水を捨ててよく洗い、御神水で充し持ち帰ることに。

楼門をくぐるといつもの楠たちが立っています。
舞殿を囲むように自然のままの配置で残された背の高い楠が5本ほどあるのですが、これらの木は神木とはされていませんでした。
踊るような枝振りの楠たちに、人々は自然と手を添え、耳を澄ませ、身を預けてゆきます。

夏至の日の湿気に満ちた空気とは違い、爽やかな心地よい風が吹いていました。
珍しく龍笛の音も聞こえてきます。

参拝を済ませると、「ああ、この気持ちの良い風の吹く日にここでエッセンスが作れないものだろうか」という気持ちが涌いてきました。
作れそうな場所とタイミングを待ちましたが、ポツポツとですが人が途絶えることはありません。
すると結婚式を迎える花嫁と花婿が。
しばらく佇んだ後、ここでは無いと思い楼門の外へ出ました。

広い境内を歩いていると真新しいしめ縄をまわされ、デッキが設けられた大きな楠が目に入りました。
夫婦楠と立て札も立っています。
この楠にエッセンスを作らせてもらえますかと訊くといいえと断られました。

いつも私が通る裏参道からの道にある弁天島の宗像神社の方へ。
水の湧いている場そのものでもある池です。けれどもここでも無いようです。
振り返ると薄暗い木立の中にお稲荷さんの社がありました。
その赤い鳥居の脇に小さな石盤の祠が。
きちんとした身なりの男性が参拝していました。
気になって近寄ってみると「猿田彦」と刻まれていました。
いつもお稲荷さんは鳥居の外から礼をするだけできちんとお参りはしていませんでしたので、その祠のような石盤にも気づかなかったのです。
お参りし、お稲荷さんにも不敬を詫びお参りしました。
稲荷神は五穀豊穣、大地の神とも言えます。

あちこちで大工さんのトンカンする音や草刈り機の音がしていて・・
やはり境内では無いのだと公園への通路へ向かいました。
神域のヤブツバキを見上げると実はついていますがまだ緑色をしています。
また落ちた頃に来ようと思いつつ進むと、ヤブミョウガの白い花が咲き始めでした。

日本庭園でも忙しく庭師の方が草刈りや手入れをしていました。
明日からの大祓えに合わせて公園の整備もされているようでした。
半ばエッセンスのことは諦めて・・足元の小さな花を追いながら歩いていました。

公園の出口が見える端まで歩いて来ると、広場のような空間がありました。
ネジバナが咲いています。
足元に目をやると、様々な小さな花々が咲いています。
オオニワゼキショウを見つけました。
ポツンポツンとまばらに咲いています。
カタバミ、遅れて咲いたたんぽぽ、蛇苺の赤い実、か細いハルジオン、そして白花!のネジ花を見つけました。
良くみると、草たちは一度は刈られた後に伸びたり育ったりしたものたちでした。
だから細かったり、短かったりするのです。
そうして日が当たったところから新たに生えた蓬や、舞台を整えられた所にネジバナが咲き出したのでしょう。

ふと、ここも再び刈られるのだと思いました。
私が今まで写真に撮って来た木々や花はことごとくその後に切られてなくなっていたことを思い出しました。
今ここでエッセンスを作ろう、そう思いました。

ペットボトルの蓋を開け、草原に置きました。
このことをサポートしてくれるよう、エレメントの精霊や天使ー目に見えない存在たちに願い、少し離れた所でUnknown Soundを歌いました。
その場を眺めていると、子供のカラスが近くで土をほじって餌を探していました。
鳥がさえずり、遠くでキツツキが木を叩いています。
相変わらず草刈り機の音も聴こえます。
揚羽蝶、トンボ、モンシロチョウが飛び交い、足元には無数の虫たち。
広場の周りは100年近くの赤松と、枝垂れ桜や桜、そして神域の古い杜の木々たちが囲んでいます。

広場の脇には小道がいくつか張り巡らされており、小さな子供を連れたお母さんが通りました。
ジョギングをする人に散歩の人も。
ベビーカーのお母さんは向こうの道へ。
時折公園の外周を通る車やバイクの音。
自転車を漕ぐ人。
草木は人の事情で刈られたり、あるいは自然によって淘汰され、命が永遠にそこにとどまることはありません。
けれども命の流れはどこかで繋がれています。

私は降っている音を歌い続けーー大丈夫、ここで起きていることすべてを包含したエッセンス。これで良いのだと思いました。
時計をみると11:30、夏至の(一日後の)太陽の光、天中に差し掛かる正午まで待とうと決めました。
最後には草刈り機の音も止み、静かな時を迎えました。
太陽にはうっすらと雲がかかりはじめ、正午には日暈が見えました。
そして12:01、エッセンスに蓋をしました。

今までに、作りたい花や計画したこともありました。
つくるなら摘むのか摘まずにつくるのか、人気がなくてその植物が自生している場所で・・
どうするべきか色々シュミレーションしたりもしました。
けれども、ふきのとう以来その機会は訪れませんでした。
今日、なんの準備も支度もしていなかったけれど、私の体は余分なもので満たされていなかったーー空だったのです。
そのため、流れこむサインに気づくことが出来たのだとわかりました。
私の少しの意図とエレメントや見えない世界のサポートを得て、エッセンスがもたらされたのです。

これが私の作ったエッセンスのすべてだと思っていました。
けれども後日ーー時間を外した日、このエッセンスに記憶されたものを友人の助けを得て知ることになったのです。
Journey on